毛糸だま2019年春号より
<本記事に記載されている情報は2019年2月当時のものです>
随分前の話ですが、当時まだ10代だったある俳優さんがこんなことを言っていました。「女の子はかわいくて、ちょっと性格の悪い子がいい」。若いのに、妙に説得力のある意見。なるほど男子目線、面白いなと思ったものでした。
ヌーヴェルヴァーグの名匠、フランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく』には、まさにそんな女性が出てきます。主人公は親友同士のジュールとジム。二人の男性が好きになってしまうのが、若き日のジャンヌ・モロー演じるヒロイン、カトリーヌ。「性格が悪い」というと少し違いますが、例えば3人が散歩しているシーンで、彼女は前触れもなく川に飛び込んで、一緒にいたジムをトリコにしてしまうのです。そんな彼女を久しぶりに見て、そういえば最近、こういうヒロインが出てくる映画が少ないな…ということに気づきました。
なぜかと考えてみると、男性目線のラブストーリーが少なくなってきているのです。世の中がリアル志向になってきているせいか、または女性の監督や脚本家が増えているからか、最近は同性受けするヒロイン像が圧倒的に多い。例えば、カトリーヌも女性の視点から描いたら、もっとリアルに心の内が描かれて、また違った解釈の女性像になると思います。この映画のカトリーヌがなんとも言えない不思議な魅力を放っているのは、たぶん男性目線で描かれているから。振り回されつつも、ミステリアスな女性に惹かれてしまう…という男性心理を形にしたようなヒロインだからなのかもしれません。
表情や雰囲気、暖炉の前で歌うシーンの可憐な歌声…カトリーヌが魅力的ですが、中でも印象的なのがファッション。今もおしゃれのバイブルになっている映画ですが、彼女のニットの着こなしの数々が洗練されていて、本当に素敵なんです。さらにはジュールやジムのニットも素敵だし、果てはカトリーヌの娘がハンモックに乗っている場面も記憶に残る美しさ。「ニット映画」と呼びたくなるほど、編む人にとっては心ときめくシーンが次々に繰り出される作品で、カトリーヌが幼い娘と隣り合わせで一緒に編み物している場面なんて、永久保存したくなるかわいさです。
そんなニットの着こなしの中で、カトリーヌが男もののセーターを着ている場面があって、とてもかわいいのですが、男もののセーターといえば、先日、こんなことがありました。ある雑誌の取材後にスタッフ皆でお茶を飲んでいた時のこと。彼女のいない男性がひがみ半分に「皆、しあわせなんでしょ。彼女が男もののセーターとか着ているんでしょ」と妙にロマンチストな一言。その場にいた女性から「それ実際にはやらないんじゃない?」とリアルなツッコミを入れられていました。そんな男もののセーターも含め、この映画には、男性目線のロマンティックが幾重にも織り込まれています。女性目線で描かれるヒロインにも心強さを感じますが、男性目線で描かれたロマンティックはやはり楽しい。シルエットのキスシーンなんて、今観ても素敵だし。リアルな時代に、今一度、ロマンティックはいかがでしょうか?