目次
オテル・テ・メンタ
音の天蓋
音の気流
オテル・テ・メンタ
彼らいわく、明日大統領閣下がお見えになるので、街で一つのホテルは兵士で満杯である。ついては自分たちの所を宿にしないか?というのである。
遊びながら、ちゃっかりお小遣いを稼ごうということらしいが、とにかくは候補の宿を検分に行くことにした。
迷いそうな深い土壁の小路をいくつか曲がると、路地に面して小さな木のドアがあった。付近では子供たちが家の谷間に声を反響させて遊びまわっている。
留守番役の長身のお兄ちゃんは、20代の半ば位か。路上の小さな木の椅子に低く腰を下ろしてミントティーを淹れてくれたが、鷹揚に言葉も無く貫禄がある。大人ぶりたい少年たちとは格段の差だ。
ケロシン・ランプのほんのりと灯った、土の壁に取り囲まれた6畳位のにわか宿屋は、簡単な鉄のベッドがL字型に二つ、カーテンで区切られているだけで、それでもう部屋はいっぱいだった。
少年たちの実家は近くにあるらしく、後日その屋上で湯浴みすることとなる。その夜は値段を交渉して、泊まることにした。
オテル・テ・メンタ
音の天蓋
少年たちに案内され、街で一つの小さなホテルに食事に向かう。すでに誰もいない食堂に案内され、スープにパンの夕餉の時間が穏やかに過ぎた。
荒野から幾重にも土の家々に守られた、直径1㎞程のこぢんまりしたこの街に入ると、家の中にいるような安心感がある。
静寂な夜を迎え、一日の旅程をなぞりながらあとは寝るばかりだと思っていると、意外にも、街が少しずつ動き出したようである。
身近に迫る土壁のはざまから、歌声や太鼓の音がそろそろと響いてきたのだ。訊ねると、大統領閣下をお迎えするための前夜祭らしい。
ゆるゆると勢いを増した豊かな音は、バリエーションを加えながら街路を通り抜け、二叉路や三叉路で混ざり合い、絡まりあって大きなシンフォニーのように成長し、瞬く間にジェンネの街は複雑な音の天蓋で覆い尽くされてしまった。
音の天蓋
音の気流
少年たちは、ちょっと散歩に行こうと言い出した。パーティーに参加する気は無さそうである。
音から逃れるように、原野に向けてしばし街から遠ざかる。星灯りで薄白い小さな起伏をいくつか越えてそろそろ振り返ると、街のシルエットは夜の中で一際黒く、僅かな灯火のせいで鈍く発光しているかのようだ。
遠く広く。
街から立ち昇る音は一つの気流となって美しく調和し、澄みやかに天空へと吸い込まれていく。
少年たちは、これが良いのだと言った。
温もりの残る大地に、みんな大の字に寝転んだ。
宇宙に漂っているようだった。
音の気流

ライタープロフィール / 井上輝美
手芸、お料理本のスタイリスト。『毛糸だま』誌も担当中。趣味は、旅、音楽、手仕事。

ライタープロフィール / 井上輝美
手芸、お料理本のスタイリスト。『毛糸だま』誌も担当中。趣味は、旅、音楽、手仕事。


