『九重編造花法 松の巻』寺西緑子著より(明治40年)
近代日本の手芸を研究している北川ケイと申します。
ここでは明治期、ハイカラさんの間で流行した編造花を再現するとともに作り方のポイントを紹介していきます。
今回は私の所蔵する明治40年発行、寺西緑子著『九重編造花法 松の巻』に掲載されているヘリアントースについて。
ヘリアントースとは、和名で日輪草といい、現在のヒマワリのこと。学名(ギリシャ語)のhelianthus annuus(ヘアリントスアヌース)から由来して、ヘリアントースと呼ばれたのではないかと推測します。九重編造花の挿絵のヘリアントースの背丈は、私達が知る背の高いヒマワリとは、かなり違います。
原種に近い日輪草の背は高くなく、花も小ぶりであったそうです。時代と共に観賞用や食用に改良されて背が高くなっていったようですね。当時の日輪草の背が高いか低いかは定かではありませんが、太陽に向かって明るく咲く日輪草を、作者の寺西緑子は憧れとして、可愛らしく花束にまとめたかったのではないでしょうか。
この編造花を見て、竹久夢二の童話を思い出しました。
大正15年の『童話 春』(研究社)の短編集『日輪草―日輪草はなぜ枯れたかー』のあらすじを紹介します。
三宅坂に熊吉という水撒き人夫がいました。熊吉は情け深い男で、道の端の草1本にも気をつけて、労わるたちでした。
ある時熊吉は、自分の仕事場の傍に草の芽を見つけます。熊吉は朝晩その芽に水をやり、丁寧に、大切に育てていきます。その甲斐あって、素晴らしい黄色い花を咲かせたのでした。熊吉はその花の名前を知らなかったので、聞いてみると、日盛りに咲いて太陽が歩く方へついて廻るから日輪草(ヒマワリ)というのだと知ったのでした。
太陽が沈むと熊吉の日輪草もつぼみます。日輪草の世話に首ったけになった熊吉は、帰りが深夜になることもしばしば。ついには疑り深い奥さんに、深夜帰りの理由を問い詰められるてしまうのです。
「どこにいたんだよ、誰といたんだよ」という奥さんの問いに
「ひめゆりだよ」と熊吉。
熊吉はヒマワリのことを、ひめゆりと覚えていたのでした…。
ある天気の日、日輪草は目を覚ましましたが、熊吉はやって来ません。何時になっても来ることはありませんでした。日輪草は太陽の方へ顔をあげる元気もなくなり、とうとうその晩のうちに枯れてしまったのでした。
熊吉を待ち焦がれて枯れてしまった日輪草…哀れでも、魅力のある花、夢二のシンボルのようですね。
【材料と道具】
絹レース糸生成り、針金#30(白)・#28(緑)、絹穴糸(緑)、フラワーチューブ、膠、大和のり、針レース6号、糸切鋏、水彩絵の具(ビリジアングリーン・レモンイエロー・ブラウン)、毛筆
【編み方】
大葉:作り目鎖20目◇帽子編(細編み)1目編む◇長編みを次第に長くして3目編む◇二重絡みの長編み(長々編み)を次第に長くして葉の幅が中膨れになるように編む◇最終手前4目残して編む◇長編みを次第に短くして3目編む◇最終の目は帽子編◇鎖3目◇逆目(ぎゃくめ:裏を取る)にして、前の最後の帽子編のところに帽子編◇針金を抱き込み前の片側のように編む◇最後の目は帽子編と捨目(引き抜き編み)で止める
小葉:作り目鎖18目◇大葉と同様にして小さい葉を編む
花弁:作り目鎖18目◇帽子編1目編む◇長編みを最終手前まで編む◇最終の目に長編みを3目編む◇針金を抱き込み前の片側のように編む◇最後の目は帽子編と捨目で止める◇同様の物を19枚編む
萼(がく):作り目鎖7目◇丸くして始めの目に帽子編にて止める◇一目に細編み2目を入れる◇帽子編にて止める◇鎖3目◇下の鎖の逆目に長編みを編む◇次の1目に抜き出す(引き抜き編み)◇帽子編◇鎖3目◇下の鎖の逆目に長編みを編む◇次の1目に抜き出す(引き抜き編み)◇繰り返す◇三つ作る
匂(花芯):糸を二重巻にして中心を糸で縛り房を作る◇鋏で切り揃える
【染色】
葉、萼はビリジアングリーン◇花弁はレモンイエロー◇匂(花芯)はブラウン◇乾いたら膠に浸して乾かす
【組立】
花:匂を中心にして花弁の表を内側にして8花弁を巻糸(絹穴糸)で5分(1.5センチ)巻き下がる◇萼の中央に抜き通す◇一寸(約3センチ)巻き下がる◇蕾は、花弁3枚を同様に組み立てる◇葉の糸始末は、巻糸(絹穴糸)で5分(1.5センチ)巻き下がる◇花、蕾、葉を図のようにまとめて、護謨管(フラワーチューブ)で仕上げる