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緑の貴人
黄金のイヤリング
緑の貴人
グリオと呼ばれる吟遊詩人たちがやって来た。
竪琴のような音色の、コラという楽器を携えて、魔除けの鏡をたくさん縫い付けた茶色の衣装でパレードだ。
文字の伝統の無いこの地で、語り部たちは歴史や神話を伝える重要な役割も担っており、伝承の家系などもあるエリートだと聞いている。その優れた記憶力からは、『古事記』編纂の元であった古伝を語り伝えたという稗田阿礼が思い起こされ、また静かな風格を伴う風貌から、日本の琵琶法師と共通する部分もあるように思われた。
人の流れに沿って、世界一大きな土の建築、街の中心でもある蟻塚のような形のモスク近くに戻ってくると、一際鮮やかな光景が目に入った。騎乗の貴人だ。
青緑色の衣装を華やかに風に膨らませ、大きな土壁を背に人々の頭上を過ぎてゆく。
緑の貴人 井上輝美
ふとわたくしは王国時代のジェンネを夢想する。カンカン・ムーサ王を迎える祝祭は、貴人も民衆も変わらず今のこの光景のようであったろうかと。偉大な泥のモスクを背景に、英雄を讃える主題の古典絵画が目に浮かぶ。
大統領閣下は輿ではなく、空色の大きなオープンカーに乗っておられたけれど、人々は心から訪問を歓迎し、自らも大いに楽しんでいるのであった。
黄金のイヤリング
直径10㎝以上もあろうかという黄金のイヤリングで有名な、プウル(Peul)族の女性たちが月曜日のジェンネの市場にやって来ると聞いていた。
スケジュールを合わせて会えるのを楽しみに訪れたところ、ちょうど大統領閣下の巡行を迎え、小さな街は歌や踊りで大賑わい。
多くのお洒落な人々で、路地も広場もいっぱいになったものの、先祖から伝わる貴重な黄金のイヤリングを見かけることはほとんど無かった。
何処かへと、大切な伝統や習慣などまでが同時に失われていく思いがして、気が気ではない。グリオ達のコラの音色が旅人の心を慰める。
街が平常に戻った頃、いつもは市のたつモスク前の広場から、大きな土の建造物を仰ぎ見る。
小さなもの、例えば祠くらいの蟻塚型モスクはバスの乗り換え地点でいくつも見かけたし、泥の上に白漆喰で化粧をした瀟洒な都会的モスクも、ワガドグの街で訪れる機会があった。
しかし、ここジェンネのものは桁外れである。外観は勿論のこと、ひんやりとした内部の巨大空間は、圧倒的であった。
黄金のイヤリング 井上輝美

ライタープロフィール / 井上輝美
手芸、お料理本のスタイリスト。『毛糸だま』誌も担当中。趣味は、旅、音楽、手仕事。

ライタープロフィール / 井上輝美
手芸、お料理本のスタイリスト。『毛糸だま』誌も担当中。趣味は、旅、音楽、手仕事。


