目次
精霊たち
水の神
精霊たち
ゆるゆると呑気な数日がすぎた頃に、思いがけずドゴン族の住む有名なバンディアガラの断崖へ向かう計画となった。
ドゴン族とは、古代より伝わる独自の歴史と文化を守るべく、争いを避けてこの断崖の地に移住してきた、平和主義の農耕民のこと。小さな村々が、断崖に沿って点在していると聞いている。
平原より鉛直に、最大落差600mというこのバンディアガラの大断崖は、土漠を越えて首都バマコから道のり700kmの遠方にあり、通常は飛行機をチャーターして向かう僻地である。
あと200km足らずとはいえ、今回はこの美しいジェンネの街までで十分。大統領閣下もお迎えできたし、とわたくしは満足していた。
ところが、話のはずみに宿主の少年の一人から、断層の下側からロバで行くルートがあると聞かされたのである。えっ!それは初耳だ。面白い。行こう行こう。
さっそく教えてくれたイブラヒム君をガイドに雇うことにして、運命のように憧れの地へと新たな一歩を踏み出した。
ドゴンの精霊に呼び出されたかのように、いそいそと。
水の神
『水の神』という壮大な神話を持ち天体に長け、『シリウス星群』の存在や『土星のリング』、『地動説』のことなどを、いにしえより知っていた形跡のあるドゴン族。
その検証はもっか進行中だけれど、独特の宇宙観をもち、文字の代わりのさまざまな絵や記号でそれらは詳しく説明されており、興味津々である。そのデザインもまた、楽しく美しい。
木彫に優れていることでも、有名である。
神話に登場する両性有具の神々や精霊や動物たち、人体などをモチーフにした美しい彫りのドアや柱、母子像などは精巧でパワーに溢れ、模様を読み解こうとしているアフリカ学者のみならず、美術愛好家たちからも、熱い視線を浴びている。
建物好きのわたくしは、断崖が崩落したところに立ち並ぶ、無数の泥の穀物庫群を見てみたい。丸い藁屋根をのせて緊密に、まるでキノコが増殖していくかのように有機的で不思議な光景が、写真集などに紹介されているのだ。
それらはまた、ガラス窓にびっしりと張り付いた水滴のようでもあった。