いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2018年毛糸だま春号」より
世界文化遺産の韮山反射炉やスカイウォークで知られる静岡県三島市の繁華街にある高橋糸店。3代目店主・高橋宏さんが今回の編み物男子です。個人商店の経営が難しい今、高橋糸店には次々にお客さんが出入りし、中央のテーブルで編み物を習っていて活気があります。
「赤ちゃんが生まれるお母さんが来てくれたり、年配の女性たちと編み物をしながら、保険や年金にすっかり詳しくなったり(笑)。横浜から自転車で来てくれる男性もいるんですよ。指導料は頂きませんが、糸を買ってくださったお客さんの編み物をちょっと応援する感じです」
高橋さんが店主になったのは10年前。先代が亡くなり、若かった高橋さんに白羽の矢が立ちました。とはいえ、高橋さんにとっては青天の霹靂。編み物をやったことがなかったのです。
常に複数の帽 子を同時進行で手がける。もちろんベストもお手製
「編み物もできないし、三島に友だちもいなかったので、何もかもが初めてで結構大変でした。編んでいると余計なことを考えなくて済むし、あっという間に時間が経つので、現実から逃げるようにひたすら編んでいました(笑)」
ほとんど修行のようだった10年前。けれど、今ではお店の壁一面に、高橋さんが編みためた様々なニットのサンプルが並んでいます。
「編み地を見てもらった方が、お客さんの編みたいものがわかりやすいので。今は何とかひと通りのものは編めるようになりました(笑)」
初めて編んだイチゴをモチーフにした帽子。ここから店主の伝説が始まった…
お店の看板もかわいく、正面の大きな窓には森の絵が。実はこれ、高橋さんがペイントしたもの。少しずつ高橋さんカラーに染まってきたお店の窓際が指定席。そこで編んでいると、通りがかりのお客さんが見て行ってくれるそう。
「お蕎麦屋さんが店頭で蕎麦を打っているのを思い出して(笑)。編んでいるのが好きなので、ここに座って編んでいると何のストレスも感じないんです。変なものを編んでいると、皆さん、笑って面白がってくれるのがうれしくて」
お店の外観。ウインドウと帽子に目が釘付けに。気になりすぎる
変なもの。そうなんです。高橋糸店の店先には思わず足を止めずにはいられない個性的なニット帽が並びます。フルーツやアニマルはもちろん、メンマやチャーシューが忠実に再現されたラーメンまで。どれもかわいいのですが、よく見るとちょっとヘン。例えば製作途中の、サイ。顔の編み地がやけに凸凹していますけど…。
「サイって皺があるじゃないですか。あれです」
オレンジ色の帽子は柿。太い黄色のラインが縦に編み込まれています。このラインは一体…。
「絵を描く時に陰影をつけるじゃないですか。編み物でやったら、どうかなと思って(笑)」
遊んでいます。象の帽子なんて、帽子だけに頭部をかたどっているのですが、なぜか左頬に小さな象が付いている。なんですかこれ。
「子象です(笑)。象って必ず子象を連れているなと思って。子象をどこに付けるかで面白さが違ってくるので、そこが決めどころなんです」
子象つきの象の帽子。その発想は予想の斜め上をいく
「コラッ!」と怒られそうなイタズラ心満載の作風。クリスマスツリーのような帽子があったので、「ちょうどそういう季節ですね」と思いきや、マスクをした人の顔と、ポケットティッシュと目薬のパーツが付いている。まさか、これは…。
「スギ花粉帽です(笑)。せっかくだから、これまでにないものが編めたらいいなと。それが手編みの自由さと面白さだと思うんです」
そんな遊び心と、閉店後の日課であるお酒と運動を支えに、10年の店主生活を乗り切ってきた高橋さん。お店を続けてこられた理由は?
「埼玉の婆ちゃんの存在が大きいです。お店を始めた頃、婆ちゃんにニット帽を編んだら、次に会いに行った時、被っていてくれたんですよ」
今後はどんな遊びを見せてくれるのか。お店のインテリアやニット帽の "新入り" にも、すでにアイデアがあるそう。乞うご期待です。
プロフィール
高橋 宏:たかはし ひろし
静岡県出身。高橋糸店の3代目店主。10年前より跡取りのいない親戚の手芸店を引き継ぐと同時に編み物を始める。その後講師資格を取得し、店内の作品はすべて彼が編んでいる。営業時間中、常に編み続けており、そのユニークな作品と共に看板店主となっている。趣味は運動とお酒。
photograph Bunsaku Nakagawa