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ドゴンの夜
聖なる光の射すところ
ドゴンの夜
大きな断崖を背にした村落の闇の中に座っていると、穏やかな家々の暮らしの音が、まあるく土に反響して聞こえてくる。
規則的なゆっくりとした拍子は明日のための穀物を打つ杵の音。
子供が土間を駆けまわり、お母さんが優しく呼びかける。
録音しようと小さなレコーダーを操作していると、どこで見ていたのか、お洒落な民族衣装の若者たちが数人集まってきた。
「古いドゴンの音楽のカセットテープがあるので、電池を買ってくれれば聴けるし、録音もできるでしょ」というのである。
了解してお金を渡すとあきれたことに、崖にモーターの音を轟かせ、あっという間にバイクで買い物に行き戻ってきた。この地にバイクがあるなんて。
さすが、宇宙と交信しているといわれるドゴンの精霊たちにとって、新しい乗り物や予測外の流星をあやつる術など簡単である。あっさりと無駄がなく、いたってスマートな人々なのであった。
聖なる光の射すところ
静かな朝である。
人の気配のほとんどしない村から、切り立っている断崖をまた少し登ってみることにする。泥遊びで作ったような丸や四角の可愛らしい穀物庫群は、尖った藁屋根を頭に乗せてわいわいと、楽しげに連なっていく。
壁面に魔法のレリーフを刻みつけ、窓の高さの小さな木の扉には精霊の彫刻や鍵も取り付けて、ネズミたちのアタックをかわす方策も万全である。
見下ろすと、斜面から平原へと張り出して土色の村がのどかに広がっている。
畑がある。たまには大木も大きく枝を広げており、写真で見たよりも当たり前の、気持ちの良い村の景色だ。
崖の半ばで下の村まで引き返してしまったが、何故もっとゆっくり滞在しなかったのか、我ながら不思議である。
後日、崖の頂に近い窪みに宙吊りとなった、ミイラのように白い布で包まれた遺体の並ぶ風葬の墓地があることも知った。
聖なる光の射すところだそうで、御参りできなかったことも含めて至極残念である。
こんな時はいつも、「次回の下見だから」と、独りごとで済ませる慣い。
翌朝はまたロバと共に、バンカスへと戻る旅程である。
バンディアガラの断崖(ドゴン人の地)<Cliff of Bandiagara (Land of the Dogons)>2023年
1989年に世界遺産に認定。観光地化されたことによって、伝統的行事なども変容しつつあるという指摘もあります。現在は政情不安定のため、訪問不可。60年に一度、700の村を巡回する重要な仮面祭『シギ』は、巡回終了に7年を要する大祭です。次回は2027年に始まる予定ですが、政情が安定することを祈るばかりです。