いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2018年毛糸だま秋号」より
手芸という言葉には、アットホームな温かさが漂います。けれど、今回の編み物男子・秋園圭一さんの手芸はなんだかシステマティック。構造や素材の面白さは、どちらかというと建築のような硬質なものを思わせます。
実は秋園さん、大学の機械工学科出身。お父さんが海中調査ロボットの研究者だったことから、同じ道を志し、大学へ。けれど、そこで思わぬ迷いが生まれたのだそう。
「ロボット製作は分業作業だし、何十年も時間をかけて結果が出る世界なんだとわかったんですね。もっと、ひとりでできて、すぐに日常で役に立つもの作りがしたいなと思い始めて…」
そんな大学3年の時、なんとなく思い立ったのが、お母さんがしていた編み物。とりあえず編み針と毛糸を買って編んでみると、
「作り目もわからないのに、熱中してしまって。初のマフラーで出来はヒドイのですが、自分はこういうことがしたいんだ!と気づきました」
こうして秋園さんの"男の手芸道"が始まります。そこからの突き詰め方がスゴイ! なんと編み物の毛糸も織りの糸も自身で紡ぐのです。
「糸から作れば、少しはオリジナルと言えるかなと。蚕を800匹飼っていたのですが、オリジナルの色が出したくて染色も始めました」
この守備範囲の広さ。この日着ていた服もすべて手作り。革小物も作れば、縫い物も織り物も手掛けます。
裂き織りで作ったジャケットは、ボタンまで手作り(七宝焼で作ったボタンを革で包んだそう)というから、本当に果てしない。
「ひとつ作り終えると、あれも作りたいなとどんどん出てきてしまって。できるだけ身の周りのものを自分の手で作ってみたいんです」
次々に作品を見せてもらいながら、この日いちばん耳にした台詞が「これ、何で出来ていると思いますか?」。
それを問いかける時の秋園さんが嬉しそう。例えば、自身で織った壁のタペストリー。不思議な素材が目につきますが、
「赤と青はチェーン店のパン屋さんのビニール袋。黄色はあのドラッグストアの袋です」
なんと身近な材料! 他にも履き古した靴下やトランクスは、玄関マットや座布団に。玄関に置かれていたサンダルは、自転車の廃材のタイヤとベルトで作ったというから面白い。
「3歳で縫い針を持たされて、靴下にあいた穴は自分で繕いなさいという家だったので…」
秋園家の物を大切にする精神が受け継がれているよう。素材の面白さに加え、多くの作品にはくすっと笑ってしまう仕掛けが。
「時計の革ベルトにはポケットがあって500円玉が入るので、手ぶらで散歩中でもジュースが買えます(笑)。革の財布は厚いのですが、実は2つに分かれて左右のポケットに入るんですよ。そして、今着ているカーディガンは…」
と言うと、ばばばっと袖を取って一瞬にしてベストに変身。まるで舞台の早変わりです。37本のファスナーを使った、ファスナーを開く度に変身できる黒いジャケットといい、幼い頃は『トランスフォーマー』など変身系ロボットアニメが好きだったというから、一貫しています。
「手作りのものって、『作ったの?すごいね』で話が終わってしまうんです。でも、仕掛けがあることで、そこから話が広がるんですよ」
工房に整然と並ぶ、無数の作品ファイルも、「制作過程を公開することで、観てくれた人といろいろなやり方を交換し合えるんです」
手芸を原点まで遡り、糸から作ってみる姿勢や、研究分野に一石を投じるような緻密な資料作りは、どこか大学の研究者を思わせます。すごいことをしているのに、取材後には「私の話ばかりで、すみません」。謙虚な学者肌の編み物男子でした。
プロフィール
秋園圭一:あきぞのけいいち
1985年徳島県生まれ、現在神奈川県在住。物心つく頃から手作りに触れて育つ。大学で機械工学を学ぶうち編み物をきっかけに手芸に目覚める。「イチから作る」を信条に編み物、織物、縫い物、糸紡ぎ、染色、木工、革小物、籐細工など幅広いジャンルの作品を手掛けている。作品制作活動のかたわら講師としても活動中。
とある男の手芸生活~ZONO工房の日々~
photograph Bunsaku Nakagawa