いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2020年毛糸だま夏号」より
今回の編み物男子は「編みキノコ作家」の横山起也さん。それにしても、なぜ疾走しているのか――このページの写真を見て、気になった方もいるかもしれません。
実はこれ、ご本人のたっての希望。編み物男子史上初となるランニング・ショットに、いろいろな撮影案が浮上しました。まず、森から横山さんが走り出てくる案はどうか。
しかし、森から編み棒を持った大人が現れるのは…ということで却下。ならば、ランニング・コースも面白いのでは?とヘンな方向に攻め始める編集スタッフ一同。
結果的に、見晴らしのいい野原を疾走してもらうことに。写真から、横山さんの気合いが伝わります。
そもそも横山さんは、お祖母様もお母様も大きな編み物教室を経営してきた生粋の編み物男子。
編み物教室が今より盛況だった時代を知っているだけに、もっと編み物を広められないかと日々、さまざまな活動を行っています。
その活動は、キャンプ用品で人気のSnow Peakでワークショップを行ったり、都内の高校に赴いたりと多岐に渡り、既存の枠に囚われません。
そうした活動の大きなきっかけとなったのが、東日本大震災の後に南相馬でお母様が続けてきた自立支援活動。編み物の先生を養成して、それぞれの仮設住宅で教室を開いてもらうというものでした。
「家族や友人が亡くなった極限状態の方たちに、編み物で何ができるのか。僕自身、半信半疑でした。でも最終日に代表の方が『最初はこんな時に編み物なんてと思ったけれど、やってみたら本当に助かった。除染の問題なんて自分たちでは何もできないし、大切な人が亡くなった悲しみもどうしようもない。でも、編み物をしている間は、それを忘れられた。編み物をしていると人が集まってきて、話をしたり、一緒に編むことが救いになった』と。それを聞いて、衝撃的だったんです。近代の教育を受けていると、問題を解決できることが正解だと思っている気がするんですよ。でも、近代科学でも解決できないものがあると、あの地震で皆が知ったと思うんです。解決できない問題が浮上した時に、問題と共に元気に生きていく力がこれからは大事なんじゃないか。編み物は、その代表格になると直感したんです」
いろいろなことを頭でっかちに解決しようとしてきた近代、もう一度、自然に還ってみる必要があるのではないか。その中で、人間が本来持っている生きる力…本能に近い「編む」ことの歓びや安らぎが、今ふたたび大切になってくるのではないか。横山さんの思いを大きく翻訳すると、そういうことのよう。
「Snow Peakのワークショップで鎖編みや指編みで好きなものを作ってもらったら、皆さんすごく楽しんでくれて。まったく経験がなくても、編み物面白い!って思う人はこんなにたくさんいるんだと。業界がそれをキャッチできていないだけだと気づいたんです。例えば、『食』の話題は多くの人が好きですよね。料理しない人も、食べることは好きだったりする。『作る』だけでなく、食の周りにさまざまな楽しみ方、つまり文化があると思うんです。それでいうと、編み物は『作る』ことだけに特化しすぎたのではないかと。編まない人にも編み物の文化を楽しんでもらえたら、個人の楽しみとしても業界としても編み物カルチャーが広がっていくと思うんですよ。最近、始めたトークイベントも、そういう思いからなんです」
名刺代わりの「編みキノコ」も、編み図いらず。かわいい!楽しい!だけでスタートできる、編み物の間口を広げてくれる強い味方です。そんな編み物のワクワクを伝えるべく、今日も全力疾走!の横山さんなのでした。
プロフィール
横山起也:よこやまたつや
1975年生まれ。大学、大学院で文化史を学ぶ。編みキノコ作家、「編み物ザムライ」研究家、企画団体「ボクラノアミモノ」メンバー、NPO 法人LIFE KNIT 代表。さまざまな企業、イベント、学校などでワークショップを開催。編み図なしで自由に編む「スキニ編ム」を提唱。対談イベント「あみもの夜話」やインターネットライブ「編みキノコライブ」など、既視感のない新しい企画を実現し続けている。
Instagram @tatsuya___yokoyama
photograph Bunsaku Nakagawa