いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2020年毛糸だま春号」より
今回の編み物男子は、ヌケメさん。気になるお名前は、ファッションの学校の卒業制作時に付けてもらったもの。卒業後はデザイナーズ・ブランドのアシスタントをしながら、自身の活動を続けてきました。そこまで聞くと、この分野を歩む人の王道コースですが、ヌケメさんが特別なのは、自身の活動とその取り組み方。
とにかく気になったことに徹底的に取り組むのです。そして多くの人が10年かかる域に短期間で到達してしまう。その結果、いろいろなことを極め、CDジャケットのデザインや広告のディレクションなど、そのうちのいくつかは仕事にもなっています。
「肩書きがものすごく長い人みたいで…。職業を説明するのが難しい。分野がそれぞれだから話が真横にすべっていくんです(笑)」
もの静かな風貌からこぼれ落ちる、このユーモア。どんな人生を歩んできた人なのか気になりますが、人生で最初に「徹底的に取り組んだ」のが13歳の時に出合った囲碁でした。
「あまりにも面白くて夏休みの40日間、毎日8時間打ち続けたら、1年半で六段になって…」
1年で1段昇級するのが一般的というから、驚異的なスピード。囲碁の何がそこまで?
「一見すると平面上に白と黒の点があるだけですが、初段ぐらいまでいくと、碁盤の端が低く、中央が高く盛り上がっている感覚になって3Dの空中戦みたいに見えてくるんです」
囲碁にそんな面白さがあったとは! ヌケメさんを通して、昔からある囲碁の新たな可能性が見えてきます。それは「グリッチ・ニット」という編み物においても同じ。
グリッチとは、デジタル機器のエラーを活かしたアート表現のこと。
デザインの画像データを、パソコン上でわざと壊して、壊れたデータを編み機に入れることででき上がる模様や風合いを楽しむのです。例えば、中央から下に穴があいているニットのセーターも作品のひとつ。
「80年代のコム・デ・ギャルソンの "穴あきニット" のオマージュなんです。穴があいているから、着ると寒いんですよ。機能的にも壊れて(グリッチ)いるんです(笑)」
4人チームで、家庭用編み機にオリジナルの基盤を付け、「パソコン上で作った画像を編み機につなぐと、ニットになって出てくる機械」を開発したというから驚きです。
「ある部分の画像が壊れるようパソコン上で指定すると、こういうニットが出てくる。中央から下は、実は目落ちしているだけなんです」
編み機の改造法は無料公開していますが、このシステムは購入も可能。納品ついでに台湾やタイの商業施設でワークショップも行いました。
「年配の方は編み機は使えるけれど、パソコンとつなぐ発想がない。逆に若い世代はパソコンは使えるけれど、編み機を知らない。両方の世代にとって新鮮だったみたいです」
昔からある編み機の可能性が、パソコンとつなぐことで新たに見えてくるのが面白い。
もともと流行を追うのではなく、時代の変化と併走するようなファッションの表現を探ってきたヌケメさん。パソコンなど今の時代ならではのメディアを活かした「メディアアート」に長年取り組んできましたが、最近は興味のベクトルが自身の内面に向かっているよう。銀鏡塗装の自画像製作に夢中だそうで、1作めからこのクオリティというから驚きです。
ひとつのものを極めると、未練なく次へ。プロの域に達しても必ずしも仕事に結びつけるわけではありません。
「すべてが本気の遊び?」と尋ねると、「そんな感じです(笑)」
この軽やかさも、どこか「新たな可能性」を感じさせるのでした。
プロフィール
ヌケメ:ぬけめ
1986年生まれ。アーティスト。洋服をメディアであると捉え、デザイン上の実験を作品化している。2011年にグリッチを作品化する手法を取り入れデジタルツールを使用した作品を制作。2012年にコンピュータ刺繍ミシンを使った「グリッチ刺繍」が、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。その後、家庭用編み機をハックしたグリッチニットを生み出す。
Instagram @nukemenukeme
Twitter @nukeme
photograph Bunsaku Nakagawa