いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2020年毛糸だま秋号」より
今回の編み物男子・伊藤直孝さんは東京大学のご出身。化学専攻で、なんと "KGB" に入っていたとか。なんだかキケンな匂い…。
「あの…KGBって "化学部" の略称です(笑)。本を回し読みしながら勉強する "輪講" というのを伝統的にやっているサークルで、編み物についての輪講もしていました」
編み物についての輪講!その内容は…。
「その頃から編み物は数学だと思っていたんです。糸の構造が、一筆書きなんですよ。織物やマクラメと違って、編み物は糸を引っ張れば、するすると1本の糸にほどけますよね。それが『位相幾何学』というのに関連していて、メリヤス編みの構造もそれで説明できるんです」
数学的視点の編み物、新鮮です。
「例えば、編む前の1本の毛糸は数学的に言うと一次元。次に、編むことで1本の糸が面になった状態が二次元なんです。座標軸でX軸とY軸が交わった、あの状態ですね。さらに、セーターなどで立体にすると、そこに高さのZ軸が加わって三次元に。最後に、編み物は時間をかけて編むわけで、変数として t = タイム が加わって四次元になる。ということで、編み物は四次元の手仕事だと。数学的にこういう言い方が正しいか厳密にはわからないのですが…」
伺っていると、1本の糸からあらゆるものができる編み物ってスゴイ! と改めて思います。
「布だと型紙に沿って裁断して、それ以外は捨ててしまうけれど、編み物は1本の糸で無駄なくできる。だから、制約の中で形を作るのに燃えるという人が結構いるんです。子どもの頃に好きだった折り紙もそうなんですよ。正方形の中であらゆる形を作る、そういう頭の体操が、面白くて。数学的な匂いがして幾何学的な模様に惹かれるのですが、編むためには糸の流れや編み方、向きや高さ、ほぼ無限の組み合わせが考えられる。3年前に地元の佐倉で始めた『佐倉編物研究所』のブログでも、そういう面白さをお届けできたら。理系は苦手という方にも、身近にある数学的な視点を楽しみながら、編み物に触れていただけたらいいですね」
こうしてお話の内容をお伝えすると、ガチガチの理系男子のようですが、実際の伊藤さんはとてもやわらか。そんな人柄の一端が感じられるのが、受験勉強のエピソード。
「心配性なので、勉強していないところが出るのがコワくて、教科書の隅から隅まで覚えていました。定期試験の前はいつもお腹が痛くなっていましたね。他にも何とかしなければ…と思うのが毛糸。一目惚れで特価品だと間違いなく買ってしまうので、ものすごい量なんです…棚卸ししてみたら280キロあって(笑)」
そんなやわらかな人間性と、数学的視点。どちらも編み物に活かされそうな気がします。
「今までやってきたことが結実した感じはしますね。編み物の仕事がいちばん長く続いていますし。もともと化学の研究者を目指していたこともあって、お勉強としての編み物が好きなんだと思います。編み物は決まり事が多くて苦手という人もいますが、私は決まり事や法則、何らかの型や作法に沿って制約がある中で編む方が面白い。だから、今後は伝統的なニットの編み方や模様にも力を入れて、数学的な視点から研究していきたいんです」
そう言って、アラン模様のニット帽や "30〜40年ほど前に1度だけ本に出ていた手法" でワークショップを行ったというアフガン編みのショールを見せてくれました。
過去に出版された伝統的なニットについての本もたくさんお持ちの伊藤さん。先人たちの研究を1歩進め、未来につなぐ。研究者の視点から、編み物の面白さを今後も新鮮に届けてくれそうです。
プロフィール
伊藤直孝:いとうなおたか
1979年生まれ。千葉県佐倉市在住。東京大学で化学を学んだ後、手芸店、糸メーカーで勤務。現在は佐倉編物研究所所長、編み物講師として活躍。小学生の時に編み物に出合い、大学卒業後手あみ師範、編物検定一級を取得。気象予報士、甲種危険物取扱者などの資格ホルダーでもある。ピアノ、ジョギング、昭和歌謡・クラシック鑑賞など多趣味。整理整頓が苦手で家では280キロを超す糸に埋もれて暮らしている。
佐倉編物研究所
https://ameblo.jp/sakuraknittinglab/
Twitter @sakuraknitting
photograph Bunsaku Nakagawa