[毛糸だま 2017年秋号掲載]
きちんと近くで見たことがあるわけではないのに、私にとってキツネは昔から身近な動物でした。
イソップ童話で意地悪をしたり、彦一とんち話で騙し合いをしたり。「ごんぎつね」なんて、何度読んでもグスンときます。
ですが、なみいる名作よりも私が好きだったキツネは、うちの納戸のタンスにぶら下がっていた一本の衿巻でした。本物のキツネの毛皮を使った、顔と尻尾もついているタイプのもの。今の価値観ではNGとされるような代物です。
タンスの扉を開くと服の間にキツネがいる、という不思議感が大好きで、扉を開けては衿巻のキツネの頭をそっと撫でてまた閉めるという儀式を、飽きずに何度もくり返した子ども時代でした。薄暗い部屋にナフタリン臭という思い出のオマケつきです。
「アメリカでは、毛皮を着ていると、動物愛護主義者からペンキをかけられるそうよ」と、学校からの帰り道に友達が教えてくれたけれど、私は、知らない人の服を勝手に汚すなんて嫌な話だ、うちのキツネはずっとタンスにいてもらおう、なんてことしか考えませんでした。
だってあの子は、私の憧れだもの。
女の子の衿元で戯れるキツネは、ほとんど毛糸だけで作りました。体がフニャっとしています。