いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2022年毛糸だま春号」より
11年にわたってご愛読いただいた編み物男子も今回が最終回。ゲストは日本ヴォーグ社ニットチームに勤務する津田俊春さんです。津田さんが生まれ育ったのは、北海道の漁師町。
「北海道の東の果て、目の前の海と牧草地に囲まれて育ちました。冬の漁の時期になると、日の出前に船の音が聞こえてきて、漁り火を灯して海に出ていくんです」
漁船のエンジンを修理する仕事をしていたお父様の影響を受け、15歳で高専へ。時計の分解が好きだったことから卒業後は電子機器メーカーに入社。長野県で数年間、勤務します。
「編み物を始めたのも、この頃ですね。当時の彼女が冷え性で、靴下を履いて寝ているというので、寝る時なら、足を締めつけない手編みがいいな、じゃあ、どうやるの?と初めて編んだのが赤い靴下なんです。結局……渡せずに別れちゃったんですけど(笑)」
恋は終わるも、編み物は続きます。
「フェアアイルセーターを編んでみたくて。本を読んでもわからないので、教わりたいと調べていたら、ヴォーグ学園が出てきたんです。長野から東京までお得な切符を買って、月1で習いに行っていました。もう楽しくなってしまって」
そんなヴォーグ学園との出合いが、後に現在のお仕事につながるのですが、当時は編み物のどんなところに惹かれていたのでしょう。
「ハマったのは構造ですね。思ったより数学的だなと。限られた目数で、どうしたら、この模様になるのかを考えるのが楽しいんです。編み物にはアナログなイメージがありますが、1目ずつ編んでいくと考えると、ゼロかイチかのディジタルなんですよね。電子機器メーカーでは主にソフト開発を担当していましたが、プログラマーのようなこともしていて、編み物と親和性があるんですよ。それを実感したのが、編み方を説明する英文パターン。大きな模様があると、その中に中模様、小模様のくり返しがある。プログラミングの中で、構文を入れ子構造で作っていくのと似ているんです」
柔らかな印象の津田さんですが、実は世の編み物イメージに、気になることがあるそう。
「編み物をする人は、丁寧で素敵な暮らしを送っていると思われがちですが、そうじゃない編み物もあることを伝えたいんです。編むのって大変じゃないですか。フェアアイルも編み上げるまで辛かったですから。このショールも、目数が1段ごとに増えて、どんどん広がっていくので、ああ次の段で目が増えた、また増えたと修行僧的なところがあるんです。まだ終わらない、全然終わらないぞって(笑)」
「それに、本気でハマると、衣食住をできるだけ節約して、糸代にお金をかけたくなるし、睡眠時間も削って編むようになる。狭い部屋で毛糸に埋もれて暮らしていますから(笑)」
と言いながらも、なんだか津田さん、うれしそうなのは、なぜでしょう。
「自分を追い込むの、嫌いじゃないというか……ドМなんでしょうね(笑)。レースの作品も、細い糸を編むのは難しいんです。でも、だから楽しい。ずっとメリヤス編みだけを続けるのは、僕にとっては苦行ですが、他の人が苦手と思うような裏段操作の模様みたいなのが好きなんですね」
辛くて、楽しい。津田さんを魅了したのは、編み物のそんな魅力だったよう。なんだかマラソン選手のようです。そんな津田さんをラストに、これまで様々な方にご登場いただいた「編み物男子」。価値観が急速に変化する時代とともに、今後はジェンダーを問わず、面白い編み物をしている方に注目していきますので、どうぞお楽しみに。
プロフィール
津田俊春:つだとしはる
北海道出身。日本ヴォーグ社ニットチーム所属。YouTube「編み物チャンネル」中の人。高専出身の理系ニッター。電子機器メーカーから船舶関連の会社を経て日本ヴォーグ社に入社。あみぐるみからフェアアイル、ハープサルレース、英文パターンまで編みこなす細糸好きのマニア。古代語好きでピアノもたしなむ趣味人。最近は動画編集や配信にも興味がある様子。コーヒー&編み物が至福の時。
編み物チャンネル Twitter @AmimonoChannel
photograph Bunsaku Nakagawa