毛糸だま2019年秋号より
<本記事に記載されている情報は2019年8月当時のものです>
突然に何ですが、何事も「さり気ない」のがいいなと思います。たとえば、お芝居なら、巧さが前面に表れた、感情を激しく吐き出すような演技よりも、作品の中に築かれた日常世界の中に本物のようになじんでいる、そういう自然な演技に惹かれます。
昨年、『おっさんずラブ』というドラマが社会現象的にヒットして、この夏、映画が公開されますが、このドラマで改めて脚光を浴びた主演の田中圭もさり気ない巧さの役者さん。監督や演出家の間では、その自然なお芝居の巧さは知られていましたが、彼の巧さで特筆すべきなのが「受け芝居」。相手がどんなお芝居を仕掛けてきても、その場で自然に消化して、想像以上の豊かなリアクションを見せる。そんな「受け」の巧さは全体になじんでさり気ないので、大きく目立つことはありませんでしたが、このドラマは、彼の「受け」に大きく光を当てたよう。吉田鋼太郎演じる部長に激しく求愛され(!)、体をタテにヨコにしながら動揺する「究極の受け身」の主人公・はるたんの魅力が多くの人をトリコにしたのです。
そんな『おっさんずラブ』は、はるたんを好きになるもうひとりの男性、林遣都演じる牧のニットがかわいいのも気になるところ。同じニットを購入するファンも少なくなかったそうで、ニット目線でドラマを観直しても楽しめるのではないでしょうか。
さり気なくおしゃれなニットが出てくるという点で、もう1本ご紹介したいのが上映中の映画『ワイルドライフ』。センスの光る映像世界の中で色鮮やかなセーターが目を引くのですが、中でも印象的なのが一家のお母さんが何気ないシーンで着ているピンク色のカーディガンと、息子である少年が寝ている場面で掛けているプラム色のブランケット。センスのいい色彩のこの二つのニットだけで、それを選んだお母さんの繊細な人柄が伝わるよう。そして、そんな彼女の夫は、彼女の繊細さにちょっと届かない無骨な男性として描かれていて、彼女が悲しむ大きな決断を悪気なくしてしまいます。それは男の人ならではの弱さゆえで、そこに対して今度は彼女が届き切れない。愛し合いながらも、お互いの肝心なところに届き合えない、30代の夫婦がすれ違っていく過程が絶妙に描かれていて、切ないのです。
無骨な夫を演じるジェイク・ギレンホールは4年前の『ノクターナル・アニマルズ』にしても、女性からは解せない男性の抱える割り切れなさを演じるのが本当に巧い。妻役のキャリー・マリガンの造形の深い演技にも惹かれます。そして何といっても、翳りゆく両親の関係を見つめる息子役のエド・オクセンボールドが巧い。これが映画であることを忘れさせる程、さり気ない3人の演技に魅せられます。
この映画、本当にシームレス。映画だから当然、場面は変わるのですが、つなぎ目を感じさせません。壊れゆく夫婦を描いているのに、なぜか惹かれるこの空気感。呼吸するようにさり気ない、哀しくてやさしい世界の断片の物語です。