映画と編み物

思いを届けるニット

公開日 2022.12.18 ライター=多賀谷浩子

コラム
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多賀谷浩子
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毛糸だま2020年春号より

<本記事に記載されている情報は2020年2月当時のものです>


公開中の映画『his』。この映画を手掛けたのは昨年、『愛がなんだ』が大ヒットした今泉力哉監督。今年は本作を含む3本の映画が公開され、今、とても新作が待たれている監督なのです。


何がそんなに人々を魅了するのか。この監督の作品には、手仕事にも似た、誠実な温もりが感じられるのです。例えば、長回しのシーン。今泉作品には、ひとつのアングルからカメラを回し続ける「長回し」の場面が多いのですが、監督が俳優の演技を楽しみに待っている空気が場面に表れていて、そんな空気が俳優をリラックスさせるのか、狙ったのでは生まれない奇跡の瞬間がたびたび映っている。動きや表情が本物だから、ワンシーンごとに、こぼれるように愛おしいのです。


そんな誠実な温もりは作品全体にもうかがえます。例えば、映画の中心にいるのは迅と渚という男性の恋人どうし。妻と離婚調停中の渚が、幼い娘を連れて、田舎に住むかつての恋人・迅のもとにやってきたことから物語が始まるのですが、同性どうしの関係を特別なものとして描いていません。引いた距離から撮った長回しのシーンと同じように、二人の関係も周りとの関係性の中で、そのひとつとして描いている。二人は自分たちの関係が世間から見たら「普通じゃない」ことに後ろめたさを感じているのですが、渚の元妻も別の理由から同じような後ろめたさを感じていて、すべてが等価に物語の中に溶け込んでいるのです。


その根底には「普通って何?」というテーマが流れているように思います。多くの人が無意識に縛られている「普通でなければ」という思い。今泉作品には、普通からはみ出した人が当たり前に受け容れられている世界が、何気なく息づいている。それはこの映画の形にも表れていて、普通の形に囚われず、勝敗にもこだわらず、二人の思いに沿った形をしていて、作品の中に生きる人たちがただ当たり前にありのままに生きていってほしいという監督の祈りのようなものが、最後には心に残ります。


主人公・迅を演じるのは、宮沢氷魚。彼の自然なありようがいい。気持ちが本物であるほど、外側に表れる動きは控えめになるもの。そんな控えめさが誠実で、本当の思いだけが滲み出るように伝わってきて、どこか今泉作品のありようと似たものを感じます。


本当の思いといえば、ニット。恋人どうしが、言葉で甘いことを言うのは簡単。だからこそ、二人だけが知っている何気ない過去の記憶は、お互いの気持ちが本物であることを伝えてくれます。この映画でその役割を果たすのが、もうひとつの主役の赤が基調のセーター。最初に出てくるのは冒頭。恋人どうしがふざけあっている何気ない場面です。迅はこのセーターを素肌に着るのですが、本来、素肌に着るのなら、Tシャツの方がよかったはず。けれど、敢えてニットにしたところに意味がある。このセーターの登場場面が重なるほど、それが感じられて、ニットが大切な気持ちを届けてくれるのです。今泉作品とニット、やっぱりなんだか似合います。


画像1『his』監督:今泉力哉 企画・脚本:アサダアツシ 出演:宮沢氷魚、藤原季節、松本若菜、松本穂香ほか 配給: ファントム・フィルム ©2020映画「his」製作委員会 2020年1月24日より、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー


『his』公式サイト

https://www.phantom-film.com/his-movie/

多賀谷浩子
ライタープロフィール / 多賀谷浩子
ライター。『日本映画ナビ』『ステージナビ』をはじめ、新聞・雑誌・ウェブサイト・劇場パンフレットなどで、映画・演劇に関するエッセイやインタビューを執筆。ミサワホームのウェブサイトにて「映画の中の家」、高校生に向けたサイトMammo tvにて「映画のある生活」の他数誌にて映画コラム連載中。
多賀谷浩子
ライタープロフィール / 多賀谷浩子
ライター。『日本映画ナビ』『ステージナビ』をはじめ、新聞・雑誌・ウェブサイト・劇場パンフレットなどで、映画・演劇に関するエッセイやインタビューを執筆。ミサワホームのウェブサイトにて「映画の中の家」、高校生に向けたサイトMammo tvにて「映画のある生活」の他数誌にて映画コラム連載中。
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