浮き島
孤島の砂地に突き立てたオールに身体をあずけた船頭さんは、昼寝のふりをして私達を見守ってくれている。時折、50センチも砂を掘ると真水の採れるところを教えてくれたりして驚かせる。
360あまりの島々は小さく離れ離れで、小舟からの視界には、ほぼ海しか見えず、他の人や舟に遭遇することもない別天地だった。
何の目印もない水平線のうちから、些細で貴重な場所に日々ピンポイントで案内してくれる船頭さんの腕前には、ただただ驚かされるばかり。
さまざまなセンサーが体中に張り巡らされているらしく、自動運転のように迷いもなく目的地に直進する。 海上に暮らすとはこういうことかと、畏怖の念すら湧いてくる毎日だった。
いつも夕凪のころ、穏やかな夕陽を浴びながら、ホテルの島へと帰路についた。エンジン付きのカヌーで、時折波を被りながら、1時間ほどの航海だった。
途中、高床の家が一軒だけ、海に浮いているように見える島とも言えない位の小島もあった。大潮や嵐の時はどうするのか。心配なのは此処だけではない。ほとんどの島々が、海抜1メートル前後しかないのだから。
舟に逃れて過ごすのか、大きい島に避難するのだろうか。かつての占領国、スペインと同化するのを拒んできた、この静かで強い人達にとって、自然こそは受け入れ得るものなのかもしれない。
『天の父は宇宙を作り、母なる地球を伴っている』という彼らの神話を心に懐いて。
六千年の昔は、お隣りの国、コロンビアの森に暮らしていたクナの人々。サンブラスの島に徐々に移住した理由は「蚊もいないし、清潔だから」という事で、わたくしも大いに納得。また、パナマ本土の森に椰子や野菜の栽培をしている人もいると聞き、ちょっとホッとしたのでありました。