毛糸だま2021年春号より
<本記事に記載されている情報は2021年2月当時のものです>
映画を観ていて、編み物が出てくると、ちょっとうれしくなってしまう人、『毛糸だま』をお読みの方には多いのではないでしょうか。映画の中のニットにも、心をくすぐって止まない、いくつかの定番があるような気がします。例えば"おばあちゃんとニット"(『ロスト・イン・パリ』という映画がかわいいです)、"子どもとニット帽"(『男と女』は永遠の定番!)、そして"女優とニット"(やはり『パリ、テキサス』のナターシャ・キンスキーでしょう)など、さまざまな組み合わせがありますが、その中のひとつが、時々登場しては物語にいい味わいを添える、ほっこりしたおじさんキャラクターが何気なく着ているおしゃれなニットではないでしょうか。
残念ながら日本の映画にはあまり見られませんが、登場率が高いのがヨーロッパの田舎町が舞台の映画。2月に公開される『世界で一番しあわせな食堂』というフィンランド映画にも、そんなほっこりおじさんが登場します。こちらの映画は、独特のユーモアと心くすぐる間合いで愛されるフィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの兄で、共にフィンランドを代表する映画人であるミカ・カウリスマキの最新作。舞台は、自然豊かなラップランドの村で、ヒロイン・シルカが営む小さな食堂。常連のお客さんがポテトやソーセージといった、シンプルな日々のごはんを食べに来ては、何気ない話に花を咲かせます。
ある日、この食堂に中国系の男性客が幼い息子を連れてやって来ます。チェンというその男性は、どうやら人を探している様子。たびたび訪れる彼の存在に、常連客の間には「この人は誰?」というムードが漂い始めます。
そんな折、中国の団体客が食堂を訪れることになり、いつものメニューでは対応できないシルカは困り顔。その時、とっさに厨房に立ったのがチェン。てきぱきと買い物の指示を出し、手早くおいしそうな中華料理を作ると、お客さんは大満足。お店は観光ガイドの間で話題になり、たちまち大繁盛。そう、彼は上海出身のシェフだったのです。
ぐっと距離を縮めることになったシルカとチェンですが、そんな二人を見守る常連客のひとりがヴィルプラという初老の男性。彼がいつも着ているのが、きれいなオレンジ色のニット。肩まわりを中心に黒の模様が入っていて、普段着として何気なくおしゃれなニットを着ている姿が印象に残ります。いい感じのニットは、登場人物の劇中では描ききれない人間性をさりげなく醸し出してしまう。ヴィルプラを演じているのはフィンランドの国民的な俳優・歌手の方だそうで、おしゃれニットのチャーミングな着こなしが、愛すべき人柄を伝えています。
後半ではチェンや息子のニュニョもいい感じのニットを愛用していて、物語の中盤には、子どもたちの団体客が食堂を訪れる場面があり、定番ニットの意外な模様に心奪われます。当たり前の普段着として、おしゃれなニットを着ている人々の生活風景は、なんともしあわせな景色。心を満たすお料理の数々とともに、味わってはいかがでしょうか?
『世界で一番しあわせな食堂』公式サイト