毛糸だま2021年冬号より
<本記事に記載されている情報は2021年11月当時のものです>
秋も深まり、冬ごもりの準備も楽しいこの季節。そんな今にぴったりの映画を2本、ご紹介したいと思います。1作めは『アンモナイトの目覚め』。舞台はイギリス南西部の海辺の町、ライム・レジス。イギリスらしい曇り空のもと、無骨なまでの自然風景が、なんとも映画的。そこに暮らすヒロインのメアリーも寡黙で何かを秘めたような女性。土地と彼女の発する魅力が呼応して、冒頭から映画の世界に引き込まれます。
メアリーはかつて大英博物館に展示される大発見をしたものの、今は観光客相手にお土産用のアンモナイトを探す古生物学者。人嫌いの彼女は、老いゆく母と二人、ほとんど世間とつながることなく重たい日々を過ごしています。
そんな彼女のもとに、ある日、心を病んだ妻を預かってほしいという化石収集家の男性客が訪れます。彼の出した条件もあって、渋々、その年若い妻シャーロットを預かるメアリー。しかし、行き場のない感情を閉じ込めて生きてきた二人の出会いは、本人たちさえ予想もしなかった心の動きを招いて――。
鈍い空の色、岩がちな海辺の自然…厳しく寒い冬を越すため、メアリーやシャーロットは懐かしくも洗練された正当派のセーターやショールに身を包みます。これが編み物心を呼び起こす佇まいなのです。シャーロットのレース編みも含め、編みたい気持ちをくすぐられる読者の方も多いのではないでしょうか。
メアリーを演じるのはケイト・ウィンスレット。積年のメアリーの孤独を、佇まいと肉体で雄弁に語る、深みのある演技が観客を魅了します。対するシャーロットは、シアーシャ・ローナン。人生の凪を生きてきた二人の秘めた情熱が顔を出す時――。不器用で純粋な思いの発露に、心を奪われる1作です。
一方、雪深い北海道・知床の斜里町にカメラを向けたのが公開中の映画『Shari』。自ら羊を飼い、毛糸を紡いで編み物をしながら、ベーカリーを営む女性を筆頭に、映画は、この町の人々の暮らしを見つめながら、大自然と人間が共存する、いい距離感を探ります。
興味深いのは、ダンサーでもある女性監督が、自らも「野生」を内包する人間として、自分の中の「自然」をフィルターに、人間と自然の間を模索しているところ。他人事ではないのです。そんな監督の内なる「野生」をビジュアライズしたのが、真っ赤な毛糸で編まれた雪男みたいな「赤いやつ」。ワークショップで編まれたそうで、ごつごつ、でこぼこした有機的な成り立ちが楽しい。そして楽しいといえば、子どもたちと赤いやつが相撲をとるシーンと、そこにテンポよくワープする後半の運び。今の子どもたちは身体接触の遊びを昔ほどしなくなったと云われますが、頭でなく、体でぶつかって遊ぶから、理屈を超えてわかりあえる。都会人が忘れがちな私たちの「内なる自然」が子どもたちの表情に浮かび上がります。吉開菜央監督が鋭敏な五感と身体感覚で捉えた「斜里町と私」。そして私の中の「赤いやつ」。皆さんの「赤いやつ」は元気ですか? 全人類がいきものとしての旬を取り戻したい今、見逃せない作品です。