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世界手芸紀行

08

コラム

【透かし編みのかご】リトアニア共和国

公開日 2022.10.17 / ライター=渋谷智子

自然に寄り添う暮らしから生まれた、あたたかな手仕事


毛糸だま 2018年夏号より

<記事中に出てくる情報は本誌掲載当時のものです。>


北ヨーロッパのバルト海沿岸に位置するリトアニア。北から順に並ぶエストニア、ラトビアとともに「バルト三国」の通称で耳にしたことがある方も多いかと思います。そのバルト三国の最南端に位置したリトアニアは、国土の大部分を森林と農耕地に覆われ、湖や湿地帯も多いことから「森と湖の国」とも呼ばれる美しい国です。


リトアニアとの出合い


今から約11年前、この国の首都・ヴィリニュスを訪れた日のことを、今でもよく覚えています。それは6月のある日のこと。夏至を前にまだ日暮れには遠い夕刻でしたが、バスから降りた大きなターミナルは人影まばら。通りを歩いても閑散としていて、「初めての印象」としては「どこか寂しげでもの静かな国」でした。賑やかなラトビアの首都・リガからやってきたせいでより差が際立ったのでしょう。


まるで登場人物の少ない物語の舞台に勝手に身を置かれたかのような、少し心もとないような気持ちになったことが忘れられません。よく考えればその日は日曜日で、みな教会のミサに出かけたり、家の中で家族と静かに過ごしていたのでしょう。リトアニアでは、信仰心の厚い人々が多く、週末は家族と集まり、互いにあたたかな時間を過ごすのが一般的な週末の過ごし方。それを知った今なら、あの日の寂しいような静けさも頷けるように思います。


「そもそもどうしてリトアニアへ?」と、これまでに数え切れないほど訊ねられました。当時は雑貨屋として仕事を始めて3年め。「まだ知られていない国の、知らない雑貨、知らない暮らし」への探究心が強く、バルト三国に興味を持ちました。なかでもリトアニアには、日本人の友人が住んでいて親近感を抱いたように思います。彼女から時々送られてくるリトアニアでの暮らしや手仕事について綴られた手紙は、「まだ見ぬ国への憧れ」を日に日に強めてくれるものでした。


友人からの手紙を通して知っていったリトアニアは、ソ連から独立して15年ほど経った頃。まだ人々の暮らしは慎ましやかであるらしい、街の人はあまり笑わないらしい、冬は長く暗いらしい。けれど、路地裏を歩けば小さな専門店や露店が並び、かわいらしい手仕事も数多く見られるらしい。そんないくつもの「…らしい」からでき上がったイメージが、その後、何度もリトアニアを訪ねるうち、いくつかはひっくり返り、いくつかは驚きを伴う発見につながっていきました。


かご大国、リトアニア


まだあまり知られていませんが、実はリトアニアは「かご大国」。ブナ、松、柳、白樺、ヘーゼルナッツ…などなど、さまざまな木々を材料に、種類に富んだ編み方、技法、デザインのかごが、未だに現役で作られ、使われています。


国土の多くを森林と農耕地で覆われたリトアニアで作られるかごのほとんどは、土地の素材を用いたもの。近くに湿地帯があり、柳が多く生息していればその柳から。また森深い土地に暮らし、ブナや松の木が身近にあればそれらを材料として。もともと農耕民であったリトアニアの人々は、夜間や農閑期、身近な木々を用いて暮らしに必要なかごを作ってきました。


ブナの木の根を編み込んでいく様子。木枠の数が多いほど、丸みを帯びた頑丈なかごになります
ひし形の飾りがついた、バルト三国全体でよく見かけるデザインのかご。どっしりとした見た目の通り頑丈で、野菜や果物の収穫かごとして用いられます


私たちが「かご」を、主にインテリア雑貨、装飾品として手に取るのと違い、リトアニアの人々にとって「かご」は「機能を備えた実用品」。野菜や果物を収穫、保存するのに使ったり、時には「ざる」として、畑で採れた野菜をかごに入れたまま井戸や川の水で洗い、木陰にひっかけて乾かしたり。庭で採れたたくさんの果物を、ちょっとご近所さんにおすそ分け、なんて時にも、かごごと届けに向かいます。実用のものとして使えば、やがて壊れることもありますし、だからこそ新しいかごを買う必要があり、そのかごを作る必要があります。かご職人の存在意義が、人々の暮らしに他国よりも、より密着しています。一年を通して国のあちこちで開かれる民芸市でも、未だにたくさんのかごが山積みになって売られているのを見かけます。


毎年3月頭に開かれる「カジューカスのお祭り」で見かけた「かご売り」のデモンストレーション。昔はこんな風に荷馬車に乗せてかごを売っていました


かごの種類が多いバルト各国のなかでも、唯一リトアニアでしか見られない独特のデザインを持ったかごがあります。それは、リトアニア産の柳を素材とした「透かし編みのかご」。いつ頃から編まれ、どのようにして発展していったか出自は明らかになっていませんが、エストニアでもラトビアでも見ることができない、独特な技法によるかごです。素材の柳は、曲げやすく、扱いやすいことから編み手の多くは女性で、インテリア性の高いデザインが特徴。一般的なかごが「素材で隙間を埋めながら編む」のが常なら、リトアニアの「透かし編みのかご」は真逆をいく技法。透かしの美しさを目指して編まれたかごです。


今も新しいデザインのかごが盛んに編まれています。最新デザインはこんな小ぶりな花かご
中世に、塩や乾燥ハーブ入れとして使われていた白樺の樹皮を使った小物入れ。博物館に収められていたのを現代の職人が再現したもの


基礎となる編み目の土台は、2〜3本の柳を指先で押さえながら薄く整えた樹皮を十字に巻きつけながら作ります。この土台をかごの底部とし、あとは編み手の好みに合わせてオーバル形、ラウンド形、レクタングル形、ハンドルの有無…と形を変えて編み上げていきます。そのため、かごのデザインは編み手の数だけあり、それぞれ独自性を持ち、実用性か装飾性のどちらに寄せるか好みの傾向が見られます。


古い透かし編みのかごのなかには、絶妙にカーブを持たせて花を咲かせたような大きな平かごもあり、こちらは直径が50cmほど。卓上で使用するには大きすぎることから、壁に飾るなど、装飾品としての製作意図が見られます。


直径50cmほどもある大きな平かご。うまくカーブを持たせて、花びらのようなデザインに編まれています。遠目から眺めても、近づいて細部を見つめても美しいかごです


「透かし編みのかご」は、ほぼリトアニア全土で見られる技法です。私の取引先の編み手も、西部のクライペダ、中部のカウナス、北東部のアニィクシチェイと、あちこちの街で暮らしています。


そのなかで、アニィクシチェイに暮らすレギナさんは、この透かし編みのかごを編み始めて30年。彼女のかごは花のように見立てられ、ゆったりとしたデザインが特徴です。


レギナさんのかごは、卓上で使うだけでなく、壁に掛けてインテリアにもなる花のようなデザイン


彼女のお父さんも農作業のかたわら、家族や親戚のためにかごを編んでいたそうです。少女時代はかごを編むよりも、毛糸を編む方を好んだレギナさんが、かご編みの技術を習得したのは街の職業訓練所。人々が誰でも技術を習得し、仕事につながるようにと用意されていたいくつかのコースのなか、かご編みのコースで透かし編みのかごの基礎を学びました。編めば編むほど、かご編みの魅力に取りつかれていったというレギナさん。


レギナさんと、ご主人のアルベルタスさん。アルベルタスさんは、職業訓練所でかごの編み方を教えていました
お客さんから注文を取るために作った見本写真


やがて独立し、職業訓練所でかごの編み方を教えていたご主人と一緒に、かご作りと販売を本業として、ソ連からの独立後も暮らしてきたそうです。


レギナさんの自宅前には、モネの絵画を思わせるような池が広がります。この景色を眺めながらかごを編むのは、レギナさんにとって気持ちが安らぐひと時だそう


「かごの編み方がわかっても、素材の扱い方を知らないといいかごは編めないの。どんな特徴を持った素材で、どう扱うかを知らないで編むと、編み進めるうちにやがて割れたり、裂けたり、壊れてしまうのよ」と、話してくれました。何よりも大切なのは、素材の善し悪しを見極めることなのだそう。


①レギナさんとアルベルタスさんが所有する15ヘクタールの畑で収穫した柳。太さを揃えて束にし、出番を待ちます
②水に浸したあとで、先が十字になった専用の器具を使って四つ割りにします

③四つ割りにした柳を、ローラーを使って薄く整えていきます
④薄く整えた柳を、今度は幅を整えるために専用のカッターで両端の余分な部分を削ぎます

⑤縦横に組んだ柳を、④で準備した樹皮で十字に編み込んで留めていきます。動きやすい軸を等幅に揃えながら編み込むのは、指先の力の入れ具合など経験が必要な作業です


手仕事が残った背景


バルト各国の民芸市で見比べてみると、エストニアよりラトビア、ラトビアよりリトアニア…と、南下するに従い、現役で作られているかごの種類が増えていることに気づきます。お祭りでも、リトアニアだけが突出してかごのバラエティが素材・デザインともに豊かです。エストニアやラトビアでは消えつつある、さまざまなかごの多くが、どうしてリトアニアでだけ、今も豊富に残っているのでしょうか?


その答えを紐解こうとすると、ソ連から独立後のバルト三国各国の、経済的な成長速度と手仕事の関係が見えてきます。独立以前からフィンランドなど北欧諸国が近く、その経済の変化を受け入れる地盤が整っていたエストニア。三国の真ん中に位置し、他国とバルト三国を結ぶ物流の中心となったラトビア。この二国に対し、リトアニアの経済的自立は比較的緩やかなものでした。


ブナの木で編まれたかご。今は、機械でごく薄く整え、刷毛で水を塗るだけで曲げて編まれたかごが主流になりました。水に浸すことがないため、ブナの木の赤みが残っています
蚤の市で見つけた、ヘーゼルナッツの木で編まれた珍しい蓋つきのかご


独立後、社会主義時代に就いていた仕事を失った人々の一部は、昔からの手仕事を続け、市場や教会のマーケットで売りに出して生活の糧としました。例えばかごを編んで売ることは、かごが日用品のひとつであるこの国で、わずかでも生活の糧となり、また仕事となりうるものでした。前述の職業訓練所でもかごのコースがあったように、人々はかご作りを覚え、少しでも暮らし向きがよくなるように努めたのです。


ほとんどの部分を透かしに残したデザイン。底に並んだ四角はほぼ等幅で、美しさが際立っています


こうして「かごを作り続ける」背景があったことは、それと同時に「かごが残る」背景となりました。ラトビア、エストニアと北上するに従い、平均給与は上がり、現役で作られているかごの種類が減ることは、資本主義社会への舵取りの速さに沿うかのようです。ただ、経済的な成長と共にリトアニアでもいくつかの昔ながらのかごとその技法が失われつつあります。初めてリトアニアを訪れた11年前に手にしたかごのいくつかは、今ではもう見られなくなりました。


蚤の市で見つけた松の木で編まれたかご。10年前は民芸市で山のように積んで売られていたこのかごも、今はもう作られていません


伝統の手仕事を伝えるために


長く占領時代が続き、国としてはあまり裕福ではなかったリトアニアの人々は、自分たちに自信を持てなかったそうです。リトアニアなんて、来ても面白くないし、ヨーロッパの他の国々に比べたら…と。それが、ここ数年になって、そのヨーロッパの多くの国々が失くしつつある「伝統の手仕事」を自分たちは「まだ」持っていて、これは誇りに思えるものなんだ、と気づき、自信を持ち始めています。


放射状に高さを持たせ、ハンドルをつけた果物かご


こうした自信や誇りは、現代の職人たちの手仕事にも反映され、古い道具を現代に再現して伝統を伝えたりするワークショップなどが各地で開かれつつあります。日本でリトアニアの自分たちの手仕事が受け入れられている、ということも大きな喜びとして感じ、精力的にものづくりをしている姿を見るにつけ、これからもたくさんの手仕事を広く紹介し、リトアニアという小さな国の素朴な美しさを守る一助となれれば、と強く思わされます。


平かごにリング状のハンドルをつけた面白いデザイン
かごを使い続けるうちに解けた編み目を、針金などで補修します。その針金にヒントを得て生まれた、「電話線」を用いて編んだかご。自然素材が多く用いられるリトアニアのかごにおいて、異色の存在



取材・文・現地写真/渋谷智子 写真/森谷則秋 編集協力/春日一枝

ライタープロフィール / 渋谷智子
雑貨ショップオーナー。ヨーロッパ雑貨を扱うネットショップを始めたのをきっかけに、2008年に「rytas」を埼玉県大宮にオープン。2007年にバルト三国を訪れて以来、リトアニアの手仕事に魅せられ「fragmentas」もオープン。著書に『おとぎの国をめぐる旅 バルト三国へ』(イカロス出版)がある。
http://www.rytas.jp/
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