可愛くて、懐かしくて、あたたかい
毛糸だま 2020年冬号より
<記事中に出てくる情報は本誌掲載当時のものです。>
北ヨーロッパ、バルト三国の北部にあるエストニア共和国。北海道の約60%の面積という小さな国ですが、100以上の地域に分けられ、それぞれの地域ごとに独自の民族衣装と、それにまつわる民族手芸があります。エストニアの民族衣装は白のリネン生地に刺繍が入ったブラウス、そして縞模様に織られたウールのスカートというスタイルが多く、地域によって刺繍の種類や縞模様の色やピッチに違いがあります。
別名「赤いスカートの島」と呼ばれ、その暮らしや歌などの文化がユネスコ無形文化遺産に登録されているキヒヌ島。赤い縞模様のクルトと呼ばれるスカートに花柄のブラウス、既婚者は花柄のエプロンをつけます。そして頭には花柄の頭巾をかぶるスタイル。現在も日常で民族衣装を着て暮らしているのはエストニアでもこの島だけです。
南エストニアのセト地方の民族衣装は、白や生成色のリネン生地に、赤またはえんじ色の糸で織られた幾何学模様入りの袖のブラウス、その上に黒色のジャンパースカートを着て、胸元にシルバーのお椀型ブローチをつけます。
エストニア中部にあるムルギ地方も、基本的には幾何学模様の刺繍が入ったリネンブラウスに縞模様のスカートといったスタイルですが、赤の糸で編まれた飾りコードを施した黒いウールのロングコートを羽織るのが特徴的です。
リフラ地区の民族衣装は白いリネン生地に赤のクロスステッチ刺繍が入ったブラウス、そして赤のウール生地に花の刺繍をしたスカートが特徴的。ケープのように肩に大きな花柄のスカーフを掛けます。
このように、地域ごとに模様や技法もそれぞれで、知れば知るほど奥深い世界が広がり、エストニアは手仕事の宝庫です。そんな民族衣装を一堂に見ることができるイベントがあります。5年に一度開催される歌と踊りの祭典「ラウル・ヤ・タンツピドゥ」です。エストニア全土から国民が集まるこのイベントは、ソ連からの独立を歌で勝ち取ったという歴史の背景を持つエストニアの人々にとって、とても大事なイベントです。
カラフルで可愛いムフ島の民族衣装
エストニア西部にあるムフ島の衣装は、エストニアの中でも独特です。白いリネン生地に赤とピンクの糸でクロスステッチを刺繍したブラウス、花やイチゴのムフ刺繍が裾に入っているウールの黄色いスカート、スカートの上にはサテンや花柄の生地にクロスステッチ刺繍とレース編みを組み合わせたエプロンをつけます。
ピンクやオレンジのカラフルな編み込み模様のソックスを履き、足元には黒地に華やかな花々が刺繍されたシューズという、まるで歩く手芸事典のようなスタイル。さらに既婚者は頭にケーキのような小さな帽子をのせます。今ではお祭りやダンスの時にしか着ることはありませんが、子どもからおばあちゃんまでこのスタイルです。
ムフ島の民族衣装に施されている手芸は他の地域より技法やデザインが極めて多いように感じます。編み物も棒針編みやレース編みなどを用い、カラフルで凝ったデザインからシンプルなデザインまでバリエーション豊かです。そして刺繍もクロスステッチとフリーステッチのムフ刺繍があり、それぞれの手芸がすべて民族衣装に用いられています。そんな魅力的なムフ刺繍についてご紹介します。
自然と共存し生活を彩るムフ刺繍
サーレマー島の玄関口であるムフ島は、エストニア国内で3番めに大きく独立した島で、人口はわずか1900人ほど。ムフ島へは首都タリンからバスで約2時間、そのままフェリーに乗り40分ほどで到着します。この島には豊かな自然が広がり、森が多く、夏になるとたくさんの花が咲き小鳥のさえずりが聞こえます。
北西にあるコグヴァ村にはムフ野外博物館があります。ここでは、ムフの人々が暮らした昔の家や生活様式、民族衣装、手編みの手袋やソックス、色鮮やかな花々が刺繍されたブランケットの数々を見ることができます。自然と共存し、生活を彩ってきたムフ刺繍、その歴史は意外と浅く、まだ100年ほど。昔はクロスステッチやミシン刺繍でしたが、今ではフリーステッチで描くのが主流です。ムフ刺繍の特徴は、ウールの生地に鮮やかなウールの糸を使って刺繍をすることにあります。
刺繍のモチーフは島に咲く身近な花が多く、エストニアの国花である矢車菊、ポピー、マーガレット、釣鐘草、ケマンソウ、リンゴの花、そしてイチゴ。ムフローズと呼ばれるバラをイメージしデザインされた独特の花モチーフもあります。昔のクロスステッチなどには鳥モチーフが多く使われていましたが、フリーステッチのムフ刺繍では動物モチーフはあまり使われることがありません。ただし、作家によっては鳥やウサギ、猫などの動物モチーフを花モチーフと組み合わせて刺繍する人もいます。
刺繍をするアイテムは主にブランケット、民族衣装のスカート、帽子、シューズなどです。ブランケットやシューズは黒の生地に刺繍されることがほとんどですが、民族衣装のスカートの場合はスカートの織り模様に使われている色に基づいてブルーやえんじ色などの生地に刺繍されることが多いです。
ウール生地に図案を描く際には修正ペンを使います。昔は歯磨き粉を使って描いたそうです。そして最大の特徴はステッチ。エストニア語でシデピステと呼ばれるステッチは、日本でいうところのコーチングステッチをアレンジしたもの。シデ=つなぐ、ピステ=ステッチという意味です。このステッチはムフ島の人々しか使わないと言われているステッチです。シデピステが使われるようになったのは1960年代。UKUというソ連時代(1966年〜1994年)にあったエストニアの民族手工芸を生産販売する国営会社が設立された頃が始まりのようです。昔のブランケットなどを見ると、そのほとんどはサテンステッチやロングアンドショートステッチですが、現在はシデピステで刺繍されるため、以前に比べて立体感があり温かみのある作品になっています。
メインステッチであるシデピステを使いつつ、作家によってそれぞれ異なるステッチを用います。刺繍糸はウール糸が主流ですが、1990年代よりアクリル糸を使うことも増えてきました。アクリル糸を使うことでより鮮やかな色合いを出し、虫食いを防ぐという利点もあります。ただしウール糸だけにこだわって刺繍する作家もいます。
ムフ刺繍はベースカラーや陰影にたくさんの色を使って、絵画のように写実的に仕上げていきます。同じモチーフひとつとっても、人によって仕上がりが違い、作品を見ると誰が刺繍したのか分かるほど、個性が顕著に表れます。
ムフ刺繍作家 シリエ・トゥールさん
ムフ島では刺繍で生業を立てている人はとても少なく、その中でムフ刺繍作家として有名なのはゴグヴァ村の入り口にアトリエを構えるシリエ・トゥールさんです。ムフ刺繍は色数が多ければ多いほど写実的で美しいと評価されますが、彼女の作品はその評価に値する、ムフ刺繍を代表するものです。
シリエさんはタリン出身で、1978年18歳の時コグヴァ村の絵を描くために友人とムフ島へ遊びに行きました。そこで今のご主人と出会い、結婚し、ムフ島に住み始めました。結婚してからムフ刺繍を習得し、2004年には自身のアトリエをオープン。日々、欠かさず刺繍をしています。いくつになっても刺繍に対して貪欲で、2015年にはレザー学校へ入学し2年間学びました。そこで革と刺繍を融合したデザインを生み出し、常に作品の新しさを追い求めています。アトリエでは、彼女が刺繍したブランケットの数々を見学したり、彼女が作った美しいムフ刺繍のシューズやクッション、小物などを直接購入することができます。
シリエさんは常々、ただ刺繍をするのではなく生地というキャンパスに針で絵を描くように刺繍しなさいと言います。彼女に弟子入りした私は、その言葉を常に意識して刺繍するよう心がけています。彼女に今後の夢を聞くと「毎日刺繍することが夢。この人生とライフスタイルが私の夢よ」と答えます。私にとってシリエさんは、刺繍だけでなく人生においても彩りを与えてくれる尊敬すべき女性です。
ムフ手芸協会「オアド・ヤ・エエド」
ムフ島の中心地リーヴァにはムフ手芸協会のオアド・ヤ・エエドがあります。1996年に6人の女性でスタートし、現在メンバーは20人。ムフのハンドクラフト作家として活動している人もいれば、教師や医者を本職としつつ手仕事が好きで協会のメンバーに登録されている人もいます。大きな広場の手前にはメンバーの作品を販売している店があり、奥の建物にはクラフトルームがあります。夏になると観光ツアーのグループなどがこのクラフトルームでムフ刺繍のワークショップを体験することができます。
オアド・ヤ・エエドでは2〜3年に一度テーマを決めてムフ野外博物館やタリンなどで作品の展示をしています。テーマはクロスステッチで刺繍した民族衣装のエプロンや、ムフ刺繍をした民族衣装の帽子などです。昔の資料などを見ながら作品を作り、発表の場を設け、常にムフの手芸を絶やさないよう活動しています。
ムフ刺繍のこれから
現在、ムフ刺繍をされている人のほとんどが50代以上です。最近では若い人もムフ刺繍に興味を持ち始め、刺繍作家として活動をする人も少しずつ増えてきました。彼女達はムフ刺繍にインスパイアされた洋服を作り、2019年からファッションショーなどのイベントをムフ島で開催するようになりました。昔からの伝統と現代のファッションなどを融合させ、美しく可愛いムフ刺繍の魅力を存分に伝える活動をしています。
私もムフ刺繍作家として日本で活動しながら、今後もムフの人達と一緒に伝統を絶やさず進化させながら、この刺繍の魅力を伝えていきたいと思います。
取材・文・写真/荒田起久子 編集協力/春日一枝