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世界手芸紀行

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コラム

【ベツレヘムパール】パレスチナ暫定自治区ベツレヘム

公開日 2022.09.29 / ライター=小坂直子

祈りを込めた伝統工芸


毛糸だま 2021年春号より

<記事中に出てくる情報は本誌掲載当時のものです。>


2003年ごろ、ロンドンのアンティークショップで美しい貝細工のボタンと出合いました。中央には星があり、そのまわりに実に見事な透かし模様が施されていました。見れば見るほどに美しいこのボタンは、聖地ベツレヘムからやってきた「ベツレヘムパール」と呼ばれるもので、輝く星は、東方の三博士にイエス・キリストの誕生を知らせ、ベツレヘムへと導いた「ベツレヘムの星」を象ったものだと、ロンドンから帰国して数カ月経ってから知りました。


後にも先にも、これほど美しい貝細工のボタンとは出合ったことがなく、ベツレヘムパールへの憧れは募るばかり。アンティークディーラーやボタンディーラーたちに「もう作れる人がいないんだよ」と聞くと、その憧れは、さらに強いものとなりました。


十四芒星のペンダントトップ。340か所もの透かし柄が入っていて、技術だけではなく、根気と集中力が必要となります


その後、蚤の市で、いくつかのブローチを見つけました。残念ながらお土産色の強いものや、透かしの繊細さにかけるものばかり。ですが、接着された金具の形状から、土産物として今も作っている人がいる可能性が高いのではないかと思い始めました。もし、土産物を作っている工房が見つかり、そのクオリティが高ければ唯一無二のボタンやアクセサリーを作ってもらえるかもしれない…。そんな淡い期待を胸に、ベツレヘムを訪れたのは、2020年の1月のことでした。


ベツレヘムの街並み


ベツレヘムパールの起源


ベツレヘムパールとは、ベツレヘムで作られる貝細工に魅了された人たちが呼ぶ愛称で、ベツレヘムで作られたマザーオブパールの工芸品を指します。この伝統工芸は、15世紀頃にフランシスコ会(カトリック教会の修道会)の僧侶によって持ち込まれ、ベツレヘムで暮らすキリスト教徒に伝承されると、父から息子へと代々受け継がれていきました。


使用される貝は、マザーオブパールと呼ばれる真珠の母貝である白蝶貝の殻です。白蝶貝は、美しい真珠を作るだけでなく、貝殻そのものにも美しい真珠層ができることから、ボタンや工芸品の材料として広く使用されており、ベツレヘムパールの主な原材料となっています。


イエス・キリスト生誕の地と言われるベツレヘムは、キリスト教徒にとって大切な巡礼地であり、多くの巡礼者が訪れます。巡礼者が買い求めた貝細工のお土産品は、18世紀には、ベツレヘムにおける重要な産業へと発展し、1853年にはニューヨークで開催された、万国博覧会で大きな成功を収めました。そして19世紀後半から20世紀初頭にかけては、パレスチナを代表とする「芸術」へと花開いていきました。


芸術家が制作したものは、宗教的建造物の模型や十字架、イコン、フレームなどで、それらは、パレスチナ国から各国要人への贈り物として採用されました。他にも、さまざまな色の貝殻を用いて装飾を施した木箱や家具も存在します。


教会で使われるイコン。片側にイエス・キリスト、もう片側に聖母マリアが彫刻されています


十字架やイコンの装飾デザインの一部を切り取ったアクセサリーやボタンは、19世紀に生産が始まった、お守りのような存在です。美しい細工は、観光客や巡礼者を惹きつけ、聖地の思い出として、また、親しい人へのギフトとして、大切に持ち帰られました。


ベツレヘムパールの要となるのは、透かし模様で、小さくあけた丸穴に、ひと穴ずつ糸鋸を通しては切り出していきます。透かし模様が多くなれば多くなるほど難易度は増し、熟練した職人にしか作れない作品となっていきます。


修道院に展示されていたイコン。イエス・キリストの復活が彫刻されています


エルサレムにある修道院の展示室を訪れると、そこには、美しい祈りの道具の数々が保管されていました。展示されているイコンの装飾の中に、繊細な透かし模様のベツレヘムの星を見つけました。まさに、私がロンドンで見つけたボタンと同じデザインです。修道士によれば、ベツレヘムには、今も工芸品を作っている工房が残っているとのこと。もういないと言われていた職人は、やはり存在したのです。早速、職人に会いにベツレヘムへと向かいました。


修道院に展示されていた十字架


ベツレヘムの工房の現状


現在ベツレヘムには3軒ほどの工房があります。もう存在しないと言われていた工房が3軒もあるとは、なんでも情報が入る時代に信じられないようなことでした。それほど、パレスチナ自治区の情報は、入手が難しいのです。しかし、3軒もあることに喜んだのも束の間、この手工芸が今まさに消えつつあるという現実をすぐに突きつけられることになりました。


原材料の価格の高騰。情勢が不安定なパレスチナ自治区への観光客の減少。これらは、とても深刻な問題で、採算が取れない仕事になってしまったのだそう。さらに、建設された分離壁は販路をも塞いでしまいました。職人としてすべての工程をこなせるようになるには、最低で10〜15年かかり、スキルと忍耐力を必要とする職人の仕事は、若者にとっては魅力のないものとなり、現在、職人の高齢化が進んでいます。こうして、父から息子へと受け継がれてきた神聖な仕事は、今、影を潜めつつあります。


職人ブロスさんとの出会い


ベツレヘムの町外れで工房を営むブロスさんは、職人歴50年のベテラン職人です。13人兄弟の11番めに誕生したブロスさんは、15歳になると、ベツレヘムパールの職人であった一族から仕事を学び、25歳で独立しました。ベツレヘムパールの職人になったのは、家族の影響が大きいものの、とにかくこの仕事が大好きでたまらないのだそう。1970年にデザインをペンでなぞることから始め、日々、新しい技術を習得する傍ら、常に新しいアイデアを膨らませていたのだと言います。


木製の箱に白蝶貝で装飾を施した伝統的な箱。花嫁へのギフトとして選ぶ人も多いのだとか


ブロスさんが過去に作った作品の中には、星の中にNativity(イエス・キリストの降誕)が立体的に象られた置物があります。バチカン教皇、ヨルダンの国王、パレスチナ大統領への贈り物として宗教家から注文を受けたこともあるそうで、私が訪れた際に、それより少し小さいサイズのものを見せてくれました。


ブロスさん作のNativity(キリスト降誕)の星型模型。この作品は50~60cmですが、100cmの大作は、バチカン教皇、ヨルダンの国王、パレスチナ大統領へと届けられました


ベツレヘムパールは、代々キリスト教徒の仕事であり、ブロスさん自身も、敬虔なクリスチャンです。祈りを込めて作るというベツレヘムパールのデザインモチーフの多くは、キリスト教にまつわるもので、ベツレヘムの星を始め、聖書に登場する花、鳩、ラクダのモチーフの作品は、昔からくり返し作られてきました。しかし、デザインはこれだけに留まらず、ユダヤの象徴であるダビデの星やアラベスク(イスラム装飾)、その他宗教とは関係がないものも作ってきました。


精霊をあらわす鳩や、純潔の象徴である百合はくり返し用いられてきたモチーフ


ブロスさんは言います。


「私は自分がイエス・キリストを信仰するクリスチャンであることを誇りに思っていますが、他の宗教を信じる人にも、無宗教の人にも尊敬の念を抱いています。私は、すべての人が平和に暮らし、すべての人を愛し、世界が平和に満ちていることを願う一人の人間です。ベツレヘムパールを届けることで、幸せになる人がいるのなら、こんなに嬉しいことはないのです」


ブロスさんの工房。貝を切り抜いて、簡単な下絵を描いたところ。下絵は大まかな図のみで、職人の手の感覚で透かし模様を切り出していきます


ベツレヘムパールのアクセサリーは基本的に注文を受けてから制作をするため、注文者の注文内容に応じて、ブローチ金具やバチカン等のアクセサリーパーツを取り付けます。私がロンドンのアンティークショップで見て、ずっと憧れて探していたボタンは、1950~1960年頃に作られていたもので、ボタンがお土産品として喜ばれていた時代のものでした。なので時間をかけて繊細に作られていたのです。


1㎜ほどの丸穴に糸鋸を通して透かし模様を切り出す作業。透かし穴の数だけ、その都度糸鋸を通し直します


ブロスさんとの作品づくり


ブロスさんの工房にはわずかなサンプルしかなく、それらは、どちらかと言うと、町の土産店用に作られた安価なものでした。今では時間をかけた丁寧な手仕事をしていないのだろうか、と不安に思いながらも、古い資料を元に、これぞベツレヘムパールだという、昔のように繊細で美しいものを作って欲しいのだと伝えました。すると「それが注文なら、もちろん作れるよ」と、夢のような返事をもらうことができたのです。技術があるにも関わらず、その技術を持て余していたのかと思うと、なんともいたたまれない気持ちになります。


最初にオーダーをしたのは、メインモチーフとなるベツレヘムの星、花などに伝統的な縁飾りを組み合わせた4cmほどのベツレヘムパール。使用する白蝶貝は18〜25cmあるものの、この貝から切り出すことができるのは、多くて5個。ほとんどの貝からは1〜2個しか作れないという特別なものです。


ブロスさんにオーダーしたベツレヘムパール。ボタンやアクセサリーに仕立てて販売します


それから数週間して、日本にサンプルが無事に届いた時の感動は、今も忘れることはできません。それは掌にのせると、ブロスさんのあたたかさが、そっと伝わってくるような、ヴィンテージにも勝るとも劣らない美しい輝きを放つものでした。できあがったベツレヘムパールに、ボタンの金具も取り付けて、念願だったボタンの復刻もすることができました。


ベツレヘムから届い たサンプルの画像


ブロスさんの素晴らしい腕前に魅了され、現在は、日本のイラストレーターとのコラボレーションや、代表作となるような作品づくりにも力を入れてもらっています。


パレスチナ自治区では、これらの伝統工芸を残そうという活動もあるのですが、なかなか上手くいっていない現状があります。ベツレヘムパールが大きな感動を私たちに与えてくれたように、パレスチナの若者にとっても、憧れと尊敬の念を抱く職業になればと心から願っています。小さくなってしまったベツレヘムパールの灯火がふたたび光り輝くようにと。


イラストレーターエイキンドラムの藤本将さんとのコラボレーション作品


パレスチナ暫定自治区について


ベツレヘムは、パレスチナ暫定自治区ヨルダン川西岸地区にあります。パレスチナは中東戦争を経て、第二次世界大戦終結以前の地図と比べると、この70年余りで面積がわずか8%へと減少。現在もイスラエルの入植活動により農地の破壊や土地の没収が進んでいます。自治区内には、イスラエルによって分離壁がいたるところに建設され、人々は往来の自由を奪われるのみならず、さまざまな抑圧の中で日々の暮らしを送っています。1948年のイスラエル建国に伴い故郷を失った70万人以上のパレスチナ人は、パレスチナ自治区内や周辺諸国で三世代、四世代となった今も難民として暮らしています。


伝説の職人が作った、ヴィンテージのベツレヘムパール




取材・文・現地写真/小坂直子 写真/森谷則秋 編集協力/春日一枝

ライタープロフィール / 小坂直子
東京・東神田にある、ヴィンテージボタンの専門店、CO- 店主。想像と創造をテーマに世界中から集めたアンティーク・ヴィンテージボタンを始め、オリジナルのボタンも制作している。また、店内では不定期で、アートやファッション、手仕事にまつわるイベントも開催。
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