毛糸だま2021年秋号より
<本記事に記載されている情報は2021年8月当時のものです>
話題の映画『キネマの神様』が8月に公開されます。もともとは実のお父さんをモデルに描いた原田マハの小説が原作で、映画好きのお父さんをめぐる物語には、読む人それぞれの映画愛がトントンとノックされ、溢れ出してくるような不思議な力があるのですが、それは山田洋次監督にとっても同じだったのではないでしょうか。完成した映画は、日本映画と共に人生を歩んできた山田監督の映画愛の物語に仕上がっていて、観ていて胸がいっぱいになります。
中でも、沢田研二演じる主人公"ゴウちゃん"の青春時代。撮影中、沈みゆく夕日をカメラに収めたくて、「あの夕日を止めてこい!」と無茶なことを言う豪快な映画監督(リリー・フランキーがテンション高く演じていて面白い)をはじめ、日本映画華やかかりし時代の撮影所の熱気がスクリーンに満ちています。そんな青春時代に、現代からスイッチする仕掛けも何とも素敵なのですが、菅田将暉、野田洋次郎、北川景子、永野芽郁、若い4人の俳優がクラシックな時代の気配をまといながら、山田監督にとって特別な、撮影所で過ごした煌めくような季節を演じた一連のシーンが素晴らしいのです。北川景子の女優然とした美しさ、永野芽郁の当時の普通の女の子のかわいさ。ああ、いいなぁ…と思います。そして、そこには、さりげなくニットがあるのです。
例えば、映画女優"園子さん"の女優ファッション。爽やかな水色のニットに赤の細いストライプのパンツ(引きで見ると柔らかなピンク色に)、髪にはカチューシャ風のスカーフ。今の女性はしないファッションが鮮烈で、コメディも多い北川景子が真正面から「女優」すると、本当にきれいです。一方、永野芽郁演じる撮影所ごひいきのお食事処・ふな喜の看板娘"淑子ちゃん"もニットが定番。初登場シーンのレンガ色にお花の刺繍があるニットも清楚だし、花柄ワンピースに生成りのカーディガン(よく見ると技あり)も可憐。ああ、こういうファッション懐かしい…と思われる読者の方も多いのではないでしょうか。
そして、再びぐっとくるのが、彼らが年を重ねた現在、パートに戻ってくる場面。それぐらい青春時代がいきいきと心に迫るのですが、現在の淑子ちゃん(宮本信子)もニットを着ていて、この世代の女性たちはニットとともに人生を歩んできたのだな…と改めて思います。
仕事柄、映画の撮影にお邪魔するのですが、撮影所というのは本当に何か特別な生きる力みたいなものを感じさせます。スクリーンの中の木材で組まれた撮影セットを見ながら、「映画が好き」というのは改めて素敵なことだな、映画が好きでよかったと心から思いました。山田監督の思いがこぼれるように注がれた作品の中で、心に志村けんさんを抱きしめながら演じているように見える"ゴウちゃん"にも、またグッときました。エンド・クレジットの「大船撮影所の諸先輩方と仲間たち」にも…。往年の映画を知る方々にとっては、劇中の映画や監督のモデルもわかり、何とも楽しく懐かしく、心に響く2時間になるのではないでしょうか。