ユーラシア料理
アブドルおじさんから、奥様の手料理をご一緒にと、嬉しいお誘いがあった。お宅はカブールのちょっと郊外、日干しレンガ造りの、ささやかな可愛い一軒屋である。
普段は親戚の男性にさえ、姿を見せない奥様も素顔のまま、優しい笑顔で迎えてくださった。チャドルを着ていない女性に会うのも初めてだったが、テーブルではなく絨毯に座って、アラビアンナイトのように食事をするのも初体験だ。
気持ちが良いからと、戸口の前庭に持ち出したカーペットに寛いで、温かなチャイをいただくうちに供されたのは、なんと!『餃子のトマト煮込み』だった!
ヨーグルトがトッピングされており、平らなパン、ナンが添えられている。餃子とは中華料理だと思い込んでいたわたくしは内心驚いたが、スパイシーなトマト味も当たり前に、とても美味しかった。ヨーグルトのアクセントも酸味とコクをプラスして上々の組み合わせ。
さすが広大なユーラシア大陸。わたくしのレシピにも加えよう!
料理も人と共に悠久の旅をして、変化しつつ伝わっていくのは大いに愉快である。ちなみに、『きっかけの物語』を提供してくれた友人も、アブドルおじさん宅にお招ばれしたことがあり、その時のメニューは、『羊の肉詰めマントウ(万頭?みたいだけど蒸し餃子)』だったそうだ。
ゆめまぼろし
東京の話だけれど、世田谷区新代田には、『中級ユーラシア料理 日の丸軒』という、夢幻のようなレストランがあった。
シシカバブはもちろんのこと、トムヤムクンやベトナム風生春巻き、インドカレーやローマ風包みピザ、カルパッチョ、クスクスに至るまで、海のシルクロードを行く遠洋航路の客船のような設計の店内に居ながらにして、 ユーラシア大陸の港港の料理が楽しめた。
いつも最初に注文するのは、『ファラフェル』という真っ黒なコロッケのようなもので、中は鮮やかな緑色。潰した豆や香草の揚げ焼きである。しつこくはなく、むしろヘルシーな味で、長い夜に最適なスターターだった(東京のアラブ料理教室で、日の丸軒の御主人自ら習っておられたと、料理家のエダモン先生に伺った事がありました)。
大きな南蛮屏風をはじめ、エジプト、ローマ、フランス、オーストリアなど、シルクロード伝いに届いた不思議なコレクションも店内のここかしこに点在しており、数年前に閉店となったのは大きな悲劇。数十年にわたり、友人たちと愛して通い続けた今、行き場を失い、困り果てている我々である。
日の丸軒でしか見たことのない、『ゴータマ・ブッダ』というインド製ワインのことも書いておこう。ラベルにはフランス語で、「ブッダの愛は山より高く海より深い」と記されており、大いに慎んで頂戴したものだったが、仏様のお名前をワインに付けるのはいかがなものかと、途中で生産中止となってしまった曰く付き。
いよいよ、全ては遥か夢幻の彼方だが、いざ、追憶の旅の楽しみと致しましょう!
手芸、お料理本のスタイリスト。『毛糸だま』誌も担当中。趣味は、旅、音楽、手仕事。
ポスト