今回のゲストは、文化服装学院・ニットデザイン科の御田昭子先生。
大学ではテキスタイルを専攻。もっと勉強したいなと思ったことから、卒業後に文化服装学院の門を叩いたそう。
大学に入るタイミングで直接、文化に来なかった理由が素敵です。
「両親が大学までの一貫校に入れてくれて、子どもの幸せを思って入れてくれているから、大学までは全うしたかったんです。卒業後、文化の助手、講師をして、今に至ります。振り返ると25年以上経ちますが、最近はSNSで簡単に情報が手に入るようになってきていて、私たちの教え方も変わり時なんだなと思います」
コロナ以降、編み方を伝えるためのオンライン動画も作成。教室のテーブルには、構造を見せるために作られたミニチュア・セーターがいっぱい。その色合わせが素敵です。
「毛糸の色を組み合わせるのが好きなんです。編む時は、神経を集中させて音なしで編みたい。年齢を考えると、これから100着は編めないから、編みかけを作らないように。というのも、恩師が作りかけのまま亡くなって、糸をほどいて、身頃だけ残して、セーターを編み直したことがあるんです。だから、今は糸も使い切って1枚ずつ大切に編みたくて」
その恩師との思い出を聞くと、
「ニットデザイン科で学び始めた頃、私は左利きなので、右手の棒針になれていなかったら、先生が私の手を持って一緒に編んでくれたんです。『手に汗かいてるわね』って。汗をかいた手でもやってくれたんだっていうのが嬉しくて。コロナ以降は難しいですが、私もずっと学生の後ろから、二人羽織みたいに一緒に編んでいました」
これまで編んだものの中に大事にしまってあったのがニットの贈り物。
「ニットの湯たんぽカバーはや白いブーケは、入院した時に学生が作ってくれたんです。花束も助手の先生が学生の頃、クラス全員で作ってくれました。人のために何かを作るって、思いながら作る時間もあるから、伝わりますよね」編み針をしまっている道具箱は、カルトナージュ。約20年前に作ったものです。最近、またやりたいそうです。
「ずっと編んでいたいからピラティスにも行くし、学生の頃、ファッションに憧れて始めたフランス語も30年ぶりに再開して。自分が教室で話すことが多いので、それ以上に自分が学ぶ側に立つことをしたいんです」
授業で大切にしているひとつが、
「必ず作業の締切を決めています。仕事にしたら、厳しい納期が待っているから。そういうことは今のうちにサポートしておきたいんです」先生方にしてもらったことを、今度は自分が若い人たちに返す年齢になってきたのを感じるそう。目に見えるもの以上の何かを人から人へ手渡すことができるのが、ニット。
「だから、フランス語の教室でも、編み物が好きな人がいて、ニットの話で盛り上がったり。いつも中心に編み物があって、外の世界に出ても橋渡しをしてくれている気がします」
先生から若い人たちへ。温かなものが受け継がれ、広がっていきます。
御田昭子:みたあきこ
東京都出身。文化服装学院ニットデザイン科卒。同学院専任教授。洋品店の孫として生まれ幼少期より手芸に触れる。テキスタイルへの興味からニットの道へ。現在25年以上ニット業界を支える人材を長年輩出し続けている。「学び」が好きで現在フランス語にも挑戦中。靴下ソムリエ、TES(繊維製品品質管理士)の資格を持つ。
編んでつながるWebマガジン
amimonoで「学生たちは夢を編む」も連載中。
https://www.bunka-fc.ac.jp(文化服装学院)
ライター。『日本映画ナビ』『ステージナビ』をはじめ、新聞・雑誌・ウェブサイト・劇場パンフレットなどで、映画・演劇に関するエッセイやインタビューを執筆。ミサワホームのウェブサイトにて「映画の中の家」、高校生に向けたサイトMammo tvにて「映画のある生活」の他数誌にて映画コラム連載中。
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