[毛糸だま 2018年秋号掲載]
約二十年前、夫婦で東京に移住した頃のこと。一軒の小さなケーキ屋に足繁く通うようになりました。そこの女主人は私達の隣に座り、ビール片手にお喋りが楽しい人でした。
“店の焼き菓子は工場で製造したものを売っている”とある日聞かされて驚いたら、「工場だって手作りには変わりないわ、美味しいし。」とケロリと返されて。
概念は人それぞれ、なるほど、人間の生活とはそのように形成されているのだと納得したものです。
私は日々、こう思うのです。くり返される毎日の二十四時間は、『つくった人たち』との小さな邂逅に満ちている、と。
大好きなロック・スターの音楽をイヤフォンで聴く電車の中、個展で買った絵皿でいただく夕餉、出張先で買った博多人形。 印刷された本も同様で、宮沢賢治その人には会えないけど本を開けば確かに彼はそこにいて、私は好きな時に彼と会えるのです。
同じお話を読んでも読後感が毎回変わるのは、私の気分の問題でしょうか。ねえ、賢さん。『今日は機嫌がよろしいようで、けっこうです』とお返事ください。
童話「どんぐりと山猫」を現代風にイメージしました。山猫は4種類の毛糸をほぐして体毛にしています。