いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2021年毛糸だま秋号」より
趣ある長屋のような昔ながらの家々に並ぶ秋山毛糸店は、コンクリートの床、ガラスの引き戸…古き良き商店を思わせるアイテムの中に、お手製のカウンターやイームズの鮮やかな椅子が置かれた、おしゃれで懐かしい空間。
こちらのお店のオーナーが今回の編み物男子、前島一雄さん。2年前に毛糸店とカフェが融合した、なんとも落ち着くお店をオープンしました。
「ここは祖父母がやっていた手芸店だったんです。10年前に祖母が倒れて、一度はお店を閉めたのですが、もともとコーヒーが好きだったこともあって、祖父母が残してくれた空間で好きなことをやらせてもらった感じです。コーヒーを飲みながら何かをする時間が好きで、編み物もそのひとつ。その楽しみをここで、ゆっくり味わってもらえたら嬉しいですね」
編み物を始めたきっかけは、ニット講師のお母さん。当時大好きだったバスケ漫画『BUZZER BEATER』に出てくる色鮮やかなニット帽がどうしてもほしくて、お母さんに頼んだことから、自分でも編み始めたのだそうです。
「お店を作ったのも、母が教える拠点がほしいと言っていたこともあるんです。あえて教室という形はとっていないのですが、来たくなった時に、ふらりと立ち寄って、編み物を習える場所にできたらなと。たまたま来て、ここで友達になる人もいるし、僕がお客さん同士を引き合わせるのにも、この小さいスペ―スがちょうどよくて。編み物する人は優しいから、混んでくると皆さん、席を譲ってくださるんですよ」
かわいらしいイラストのカフェメニューやカレンダーは、奥様の手描き。そのほか、お手製のクリームビスケットも人気です。
「この辺は自然も豊かなので、とれたてのフルーツで作る季節の自家製ジャムもおすすめです。今の季節なら、桃。これからはブルーベリーもいいですね(6月取材時)」
カフェだけに目玉はコーヒー。取材の依頼が来るほど、豆にはこだわりがあるよう。
「地元静岡の3つの焙煎所の豆を厳選しています。複数の焙煎所のコーヒーがひとつのお店で飲めるのは、なかなかないらしくて。焙煎する人で味が変わるのが面白いんです」
ここまでお読みいただいて、お気づきかもしれませんが、毛糸とコーヒーをはじめ、『BUZZER BEATER』にお母さん、そして奥様…このお店は前島さんの好きなものがつながってできています。お店の椅子に何気なく掛かっていた、モチーフのひざ掛けがなんとも象徴的。
「編み始めたのが6年前で、完成したのが一昨年(笑)。最初は自分用でしたが、途中から彼女ができて、今の妻ですけど、ひざ掛けにしてあげようと。そうしたら子どもができたので、最終的にはおくるみに落ち着きました」
お店にあった小さなはっぴ型のニットは、幼い息子さん用。ご自分用とお揃いですが、実はおじいさんのはっぴがモチーフになっていて、親子三世代がつながっています。
「祖父がお店で使っていた手横(編み機)が眠っているので、いつか動かしたいんですよ。お店のカウンターも、祖父の什器をはめ込みたくて自分で作ったんです。母が毎年、お茶農家の方々の農閑期に、車で1、2時間かけて山間部まで行って編み物を教えているんですけど、昔からの生徒さんもいて、すごく楽しみにされているんです。それは絶やすことなく、将来的にいつか僕が継げたらいいなと。お店でやりたいことが山のようにあって、24時間が本当にあっという間です(笑)」
昨年、第二子も誕生し、大切な存在が増えた前島さん。「好き」から生まれた世界は、さらなる厚みと広がりを見せていきそうです。
プロフィール
前島一雄:まえじまかずお
静岡県出身。祖父母は毛糸屋、母は編み物講師。20歳より編み物を始める。同時期にコーヒーの世界に興味を持つ。眼鏡店勤務を経て、祖父母の営む毛糸店をリノベーションし2019年「コーヒースタンドのあるニットのお店」秋山毛糸店を静岡市にオープン。サイクリング、ランニング、登山が趣味。二児の父。
Instagram @ichi_to_maru
photograph Bunsaku Nakagawa