いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2021年毛糸だま夏号」より
今回の編み物男子は自身のブランド「Motohiro Tanji」のデザイナー、丹治基浩さん。コレクションの精巧かつ有機的なニット・ドレスを目の当たりにすると、さすがの迫力。思わず見入ってしまいます。
丹治さんの表現の軸は、編み地にあります。以前、水墨画家の方の「墨絵は色を使わないけれど、黒と白の濃淡だけで無限の世界が描ける」という話にいたく感動したことがあるのですが、丹治さんの編み地にも似た魅力を感じます。
その多くは白またはベーシックな単色なのに、見たことのない編み地は独特の陰影をなし、ずっと見ていたくなるような魅力があるのです。世界にひとつの編み地同士の組み合わせとバランスの妙で、ドレスやアートが生まれていくブランドの表現活動は、洋服のデザインに留まらず、まさに唯一無二。「ニット彫刻」というものまであり、興味津々です。
「もともと服飾デザインの勉強をしていましたが、26歳頃にサンドラ・バックランドというニットデザイナーの作品に出会って、ニットでこんなに立体的なものができるのかと。そこからニットに興味が湧いて、イギリスの大学に留学しました。日本とイギリスのニットの教育には、だいぶ違いがあるんです。日本は『すでに存在する編み方』を教えることに時間をかけますが、イギリスはまったく逆で、いかに『まだ存在しない編み方』を生み出すかに重点を置きます。オリジナリティを追求するんですね」
いかにして、この世にない編み地が生まれるのか。その過程は、まるでジャズの即興演奏のよう。
基礎を熟知しているからこそ縦横無尽に「遊べる」丹治さんならではの表現の面白さが見えてきます。例えば、ケーブル編みがテープ状になって交差している独特の編み地は、
「スタート地点はケーブル編みです。でも、ここまで来ると、もうケーブルじゃないんですよ(笑)。ケーブルという技術に縛られると、そこから抜け出すことが難しいですが、交差させるというケーブルの考え方だけを残すと、もっと自由に発展させていけるんです。誰でもできる技術で、いかに見たことのない編み地を生み出せるか。そういう意味で、教えるのは楽なんですよ。技術的には難しいことをしていないですから(笑)」
オリジナルの編み地の生み出し方を教える「Motohiro Tanji Texture Creation」教室も人気です。
「教室では、基本的な技術をひとつ教えてから、自分なりに変化させる考え方を紹介します。それを2つめの技術として捉えてしまうと、その編み方に囚われてしまうので、あくまで例題として。その人の考えで変化を与えて、少しずつ発展させていくのが面白いんですよ」
唯一無二の編み地は、この編み方を組み合わせようと意図して始めることもあれば、ノープランで偶発的に生まれることもあるそう。
「僕の作品は家庭用編み機に手作業を加えることが多いですが、編み機でちょっとしたアプローチを試している時に、なんだこれは!?と理解できない現象が起きたりするんです。稀ですが、構造的にまったくわからないという。そういう意味でも、自分で編むということが大事。編んで、直接自分の目で見るだけで、発展させられるポイントが見えてきたりするので」
昨年の世界的な自粛期間には、一般の方から編み地を募り、丹治さんがアート作品にして、売上を寄付する「knit all together」という活動も展開。
なじみのある家庭的なニットが、組み合わせとバランスの妙で、唯一無二のかっこいいアートに!道なき道を行く丹治さんのニットが、これまでにない楽しさを教えてくれます。
プロフィール
丹治基浩:たんじもとひろ
イギリスのノッティンガムトレント大学MAニットウェアデザイン科を首席で卒業。卒業後、様々なメゾンにニットテキスタイルを提供する企業に勤務。2012年に帰国。2013年春夏シーズンより自身のブランド「Motohiro Tanji」をスタート。独自のテクスチャーにこだわり、手編み、自動機、家庭機を使い、ニットでトータルコーディネートできるようなウエアから小物までを提案するブランドを展開中。近年「knit all together」など活動の幅を広げている。
公式サイト
Instagram @motohirotanji.knit
photograph Bunsaku Nakagawa