いまや当たり前になりつつある、編み物に関わる男性にスポットを当てた過去毛糸だまの人気特集をピックアップ!
「2021年毛糸だま冬号」より
今回の編み物男子は、車中で編むことも多いという久保直樹さん。特技は駐車。2台の車を駐めるスペースに、縦横を駆使してスペースちょうどに4台を駐めるという驚異的なアルバイトをしていたこともあるそうです。
「20歳頃にやっていたレンタカー屋さんのアルバイトなんですけど、ドアミラーとドアミラーの間を空けずにギリギリまで詰めるんです。当時はバックモニターもなかったので、ワイパーのところに差し掛かる影で、後ろの車との距離を測りながら駐めるんですよ」
限られたスペースにぴったり詰めるのが、楽しい。それは編み目がきれいに揃うと気持ちがいいのと似ているといいます。久保さんのニット、編み目がとてもきれいです。
「編み物を始めたのは小学1年生。手芸好きの母の影響で、エコたわしを編んで。その後は母が持っていたモチーフの本の巻末にある編み図を見ながら編んだりしていました」
小1で編み図を見ながら編めるとは……。
「いえいえ、簡単な編み図なんです。ただ、子どもの頃から、『こう編んだら、こうなる』という仕組みを発見するのが好きなのかなと。家にパソコンがあったので、3〜4歳からエクセルとワードを黙々といじって、本の文章を全部入力して、どうしたら同じレイアウトになるかなって試しながら遊んでいました」
中学・高校は理系。その後はプログラミングの専門学校でアプリ開発などを学びます。その影響もあって、スマホも大好き。これまでの所有台数はのべ50台というからスゴイ。着信音だけで、どの機種かわかるそうです。
「この話をすると、だいたい引かれます(笑)。編み物の『仕組み』と同じで、プログラミングも正解に辿り着くまでの経路がいくつも考えられるんです。効率を重視するのか、美しさを大事にするのか。そこが面白くて」
最近は、表と裏の編み地を一度に編むダブル・ニッティングに挑戦しているそうです。
「表から裏へ、どう糸を渡したら、表と裏で別々の図柄が完成するのか。それを考えながら編むのがいいんです。ダブル・ニッティングでかのこ編みをした時は、さすがに頭がこんがらがりました(笑)。今は3色のダブル・ニッティングをやっているんですけど、地糸を決めず、表と裏で変わっていくんですよ」
そうやって様々な編み方を実験しながら、「仕組み」を探っていくので、編みかけの作品が山のようにできてしまうそう。
「成功する作品の方が珍しいです(笑)。最近は紡ぎ車にもハマっていて。もともとスピンドルを使って紡ぎをやっていたのですが、友人の家でやらせてもらったら、あまりにも楽しくて。ペダルで車を回転させながら、撚りをかけるスピードと、手から羊毛を送り出すスピードを別々にコントロールするところが、車を運転する面白さと似ているんです」
紡ぎ車はお母様と共同で購入したそう。
「母とは今は別々に暮らしていますが、ストールとか靴下とか同じものを決めて、どちらが早く編めるか競争しています。ちょうど昨年、ニット男子部の展示があって、母の作品も一緒に出品しませんか?とお誘いいただいて。初めてのことだし、ちょっと照れくさい気持ちもあったのですが、『親子で編まれていいわね』とたくさんの方が言ってくださって、私にとっては普通ですけれど、これって貴重なことなんだなと再確認できました」
天才肌の久保さんですが、お母様も手芸のオールラウンダー。親子で競いながら、どんなハイブリッド・ニットが生まれていくのか。今後も心待ちにしたいと思います。
プロフィール
久保直樹:くぼなおき
佐賀県出身、埼玉県在住。幼少より手芸に親しむ。編み物のほか車、ガジェットをこよなく愛す理系人。プログラミングからピアノ演奏までこなす多才。空間把握能力、触覚に優れ、精密な動きは編み地や車の運転技術などにも活かされている。現在は母親と競うように編み、紡いでいる。難しいものほど燃えるタイプ。編みかけ多数。
photograph Bunsaku Nakagawa