映画と編み物

カーディガンと私

公開日 2023.04.25 ライター=多賀谷浩子

コラム
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多賀谷浩子
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毛糸だま2021年夏号より

<本記事に記載されている情報は2021年5月当時のものです>


リバティプリントのブラウスに色のきれいなカーディガン。春から夏にかけて、そんな着こなしを楽しみたくなる人も多いのではないでしょうか。昨年公開の映画『15年後のラブソング』の冒頭で、ヒロイン・アニーはこんなことを問いかけます。「初対面で何だけど、私はどう見える? カーディガン姿の静かで安定した英国女性? 残念ながら、その『安定』はもはや崩れかけている」と。


家族の事情で、新たな出会いなど望めない「凪」状態の故郷に戻って、もう長いアニー。15年前に知り合った同棲中の彼は、20年以上前に公の場から姿を消したミュージシャンのガチガチのオタク。ファンサイトを運営しては日々、マニアックな議論に夢中。そのサブカル愛がかっこよく見えたのも今は昔。人生を前に進めたい彼女にとって、二人の関係は、すでに終わりが見えています。


ところが、この映画が画期的なのは、この後の展開。なんとアニー、絶妙にリアルなきっかけで、このミュージシャンと知り合うのです。終わりかけの恋人と彼が執心するミュージシャン。二人との不思議な三角関係の行方は――?


カーディガン姿の彼女から始まった衣装は、「安定した英国女性」たるアニーの日常が崩れていくとともに、ラフなセーター→極めつけはブラ1枚と、どことなく、やぶれかぶれ感を増していきます。「なんでブラだけ?」と帰宅した彼にツッコまれているシーンもおかしい。ところが、ミュージシャンと出会い、やりとりを始める時、アニーはカーディガン姿なのです。彼女が「安定」、つまり、失いかけていた自分自身を取り戻し始める時、カーディガンがさりげなく彼女の再起を予感させる。ちょっと粋な演出です。


画像1『15年後のラブソング』監督:ジェシー・ペレッツ 出演:ローズ・バーン、イーサン・ホーク、クリス・オダウド DVD 発売中 3,900円+税 発売元:ハピネットファントム・スタジオ 販売元:ハピネット・メディアマーケティング ©2018 LAMF JN, Ltd. All rights reserved.


同じくカーディガンが日常着の女性の安定した日常がぐらぐらと揺らぎ始める映画が、やはり昨年公開の『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』。専業主婦として夫に尽くしてきたブリット=マリーは60代にして夫の長年の浮気相手と遭遇します。普通に見れば、大ピンチ。しかしながら、この出来事が彼女の人生に大きな転機をもたらすのです。


『15年後~』も『ブリット~』も、ある年齢に達した大人たちの、取り戻せない過去への思いがリアルに描かれていて、胸を打ちます。もう、いい大人だから――。いったんは動き出すことさえ諦めていた登場人物たちが、あれやこれや不思議な偶然に導かれながら、長年焦がれていたリセットの時を迎える。その時の表情の豊かなこと。いろいろな思いを混ぜ込ぜにしながら、それでも前に進んでいく大人たちの味わい深さ。なんだ、悪くないじゃないかと、ちょっと救われたような気持ちになるのは脚本と役者の妙でしょうか。特に『15年後~』でミュージシャンを演じているイーサン・ホーク。解消できない心の痛みを抱えたまま前を向く彼の、心に触れてくる感じ。ままならないからこそ、優しくなれる大人たちの再出発にホロリとします。カーディガンがほのめかす意味合いの微妙な違いも興味深い、必見の2作品です。


画像2『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』監督:ツヴァ・ノヴォトニー 出演:ペルニラ・アウグスト、アンデシュ・モッスリング、ペーター・ハーバーほか 各種配信サービスにてデジタル配信中 提供:松竹 © AB Svensk Filmindustri, All rights reserved.

多賀谷浩子
ライタープロフィール / 多賀谷浩子
ライター。『日本映画ナビ』『ステージナビ』をはじめ、新聞・雑誌・ウェブサイト・劇場パンフレットなどで、映画・演劇に関するエッセイやインタビューを執筆。ミサワホームのウェブサイトにて「映画の中の家」、高校生に向けたサイトMammo tvにて「映画のある生活」の他数誌にて映画コラム連載中。
多賀谷浩子
ライタープロフィール / 多賀谷浩子
ライター。『日本映画ナビ』『ステージナビ』をはじめ、新聞・雑誌・ウェブサイト・劇場パンフレットなどで、映画・演劇に関するエッセイやインタビューを執筆。ミサワホームのウェブサイトにて「映画の中の家」、高校生に向けたサイトMammo tvにて「映画のある生活」の他数誌にて映画コラム連載中。
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