クチの子供たち
短い草がやっと疎に生えている程の大平原。
緩い起伏を越えても越えても尽きない広大さにあきれ果てるのだが、遠方に黒い天幕を見ることがある。 アフガニスタンに数多い遊牧民、パシュトウーン語で、元は『移動する人々』の意味、『クチ』のテントだ。
カブールからバーミアンに向かうある日のこと、ぬかるみにタイヤを取られてしまった。
ロシア製の古い乗用車なので、荒野を走るのは元より困難である。
シェファー以外の3人で押すのだが一向に抜け出せないでいた。地平線の彼方まで、四方とも緩く大地が延びているばかり。
曇り空が低く、全てが灰色に見えるような午後だった。ふと目を凝らすと、左手の地平のかなたに黒い小さな点々が現れて、此方に向かって動いて来るようだ。
歓声が聞こえてきた。 クチの子どもたちが駆けてくる。
わたくしよりも大きな斑模様の犬が、車に体当たりして来た時は、慌てて車内に逃げ込んだところだった。
10人程の子供たちは、わっしょい、わっしょいと車を押してくれ、スタートできると、歓声を上げて地平線の彼方にさっさと帰って行ってしまったのだ。
幻を見るような出来事だったが、親切でツレナイ子どもたちではある。
クチの行列
天幕用の長い支柱や、大布で包まれた荷物を駱駝の背にくくりつけ、赤ん坊を抱いて一緒に乗ったり歩いたり、泥濘の崖も当たり前のように静々と進んでいく遊牧民クチの一行は、大地から生え出した特別な人たちのようにも思われる。
陽炎のような気に覆われて、外にはあまり気配を現さない。 挨拶をすると返さないではないけれど寡黙である。
遊牧民といってもただあちこちを彷徨っているわけでなく、季節に添って決まったルートがあるという。場所場所では、各地の物資の交易もこなしているらしい。
平原に影のように貼りついた、黒羊の毛で織られた真っ黒な天幕は、おぼろな道筋からも遠く隔たったところに建てられるためか、一種侵しがたい雰囲気を漂わせていて、いきなりの訪問は憚られた。
夜は家畜も共に過ごす大天幕も在るが、内部は赤を基調とした絨毯や織物、刺繍の布などで美しく装飾されているらしく、独自のコスモスを秘かに持ち運んでいる気配なのだ。
黒い布に包まって、移動中は存在を消そうとしているかのような女性たちも、荒野の水場に普段着で水汲みにきた時の衣装は、プリント地の赤やピンクといった彩度の高い色の組み合わせが多く、無彩色の原野にあたかも花がこぼれ散るようだった。
手芸、お料理本のスタイリスト。『毛糸だま』誌も担当中。趣味は、旅、音楽、手仕事。
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