騎馬の民
大きな青い空をどっかと載せた、見渡すかぎり何も無い、堂々たる荒野に忽然と現れた騎馬の人。
バンデアミール湖には鱒がいるという話だけれど、漁にでも行くのかしら?
ペルシャ語を話せる我が友が、さっそくに大声で何やら問いかけている。
騎乗の人は我々の方へと向き直り、無言で近くまでやって来ると、わたくしの顔を見ながらゆっくりと馬から降りるのだ。
友人はなんと! 新米冒険家のわたくしが乗馬できるように、その人に交渉してくれていたのだった。
我々にも似たアジアぽい面立ちの、荒野の風を羽織ったような身のこなし軽やかな人。大きな手で小柄なわたくしを支えながら何とか鞍に座らせると、乗馬のコツの即席レクチャーが始まった。
馬の背に落ち着いてみると思った以上に高々としていて、すでに天下を睥睨する心持ち。もとより憧れの乗馬である。
アフガニスタンが舞台のケッセルの小説『騎馬の民』では、さまざまな乗馬の妙技がダイナミックに描かれており、巨匠フランケンハイマー監督により映画化もされているのだ。
わたくしの脳内シュミレーションは完璧。思いがけない現実に、いざ、喜びと緊張が身を包む。
「両腿で馬の胴を挟み、ただ座っているのではなく、動きに合わせて鐙に立っている気持ちで対応するように」と、先生と通訳の友は言う。
「進めたい時には、軽く腹を蹴る。右に行くときは右の手綱を引く。止まるときは両綱を引く」。以上。
かすかに緑の残る灰色の、枯れたような草と小石の散らばった荒野に優しく送り出され、馬と心を合わせて先ずはゆっくりと歩いてみる。
「ふむふむ、いい感じ。大丈夫。 ギャロップしてみよう。」 と、喜んだその時に、いきなり馬の疾走が始まった!
体が大きく右に傾いて、危うく振り落とされるところだったが、手綱と鐙で何とか体勢を立て直し、上下する馬の背中に夢中で同調する私。
このまま地平まで走り続けるのかと覚悟と期待をした矢先、鋭い口笛が響き渡り、馬は方向を変えて親方の方へと戻りはじめた。
気が付けば、小石混じりの大地に透明なガラス玉がキラキラと、光をうけながらここかしこに散らばっている。雹が降ったのだ!
それで驚いて爆走した馬であったが、思いがけず速駆けも体験でき、益々乗馬に魅せられたわたくしである。
馬の長い頬を撫でながら離れ難く頬ずりしていると、「観光地化されていない場所では、馬の賃料も安価で人も親切であり、すでに開発された場所との違いは大きい。」と、友の声。
『観察し記録する』がモットーの彼の感想に、「成る程!」と納得の初乗馬体験なのだった。
手芸、お料理本のスタイリスト。『毛糸だま』誌も担当中。趣味は、旅、音楽、手仕事。
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