編み物好きのみなさんに、さまざまな切り口で世界の興味深い糸を紹介する本連載。今回は鹿の毛からできた柔らかな毛糸をご紹介します。
<毛糸だま 2016年秋号より>
ここでは様々な切り口で世界の興味深い糸を紹介することになりました。その第1回を飾るのは「カシミヤより軽く、柔らかい」スーパーラグジュアリーな繊維で作られた糸、Cervelt(セーヴェルト)です。この糸は、ニュージーランドに生息するアカシカ、つまり「鹿」の柔らかな和毛(にこげ)からできています。
カシミヤより軽く、柔らかい
これは、ニュージーランド北島にあるダグラス・クリークという会社が1999年から8年の歳月をかけて、世界で初めて開発した繊維です。鹿の外側の荒い毛から内側に生える極上の和毛だけを分別できるようになったとき、セーヴェルトは誕生しました。
1頭のアカシカから取れる和毛はわずか20グラム強、その繊維の直径は脅威の13ミクロンを誇ります。この数字が小さいほど細く、従って柔らかいのです。ちなみに上質なカシミヤで14~16ミクロン程度、ファインメリノで17ミクロン程度です。
最高級の珍しい素材
2008年にイタリアの格式ある高級服地の展示会で発表された後、このファイバーは、アルマーニやエルメスなど、ヨーロッパの名だたる高級ブランドでオートクチュールに仕立てられる、最高級の珍しい素材の一つとなりました。
2013年にはこの糸を使った靴下が100足だけ生産され、イギリスの男性シューズブランドのHarry's of Londonから1足895ポンド(約14万円)という価格で発売されました。
そして2014年の秋、このセーヴェルトを使った手編み糸がついに編み物界に現れました。レースウェイトのこの極上糸の生産はニュージーランドの糸メーカーzealana社が担当し、全世界で150玉のみ生産、一つずつケースに収められて、ニューヨークやロンドンなど世界のごく一部のヤーンショップから発売されました。
セーヴェルトはどこまでも軽く、柔らかく、生地や編み地はごく薄い仕上がりながら保温性が高く、またウールのように身体表面の湿気を逃がし、呼吸を助けてくれます。
やはり貴重な糸は…
さらにこの繊維は、さまざまな色に染めることが可能です。たとえばビキューナは、やはり同様のミクロン数を誇る高価なエキゾチックファイバーですが、化学処理に弱いため、染めることができません。これほど貴重な糸だと、さすがになかなか何かに仕立てようという気にはならないものですね。
1玉25g、極細、175m