今回のゲストは小倉美帆さん。印象的なのは、その軽やかさ。年齢や立場を感じさせず、美帆さんという個性が大人の感じよさの中にふわりと立ち上がってくる。なんだか自由で楽しそうなんです。お母様は広く知られる刺繍作家ですが、
「幼い頃から言われてきたのは『人と同じものを編んでどうするの?』。それがいい呪縛になっていました」
それだけにセーターを編み始めた頃の作品からスゴイ。白黒のワニのセーターは、幼い頃からワニが好きだそうで、初期のセーターにして、自らデザインしたという編み込みです。
「見たことないものを編みたいんです。完成したら最初に見たいから、五十肩でも人に頼めなくて(笑)」
その実験精神が顕著に表れているのが、数学モチーフのシリーズ。
「円周率のブランケットとπのクッションをホビーショーで展示したら、数学者の人が声をかけてくれて。『面白い図形があるけれど、編めますか』っていう交流が始まって。気づいたら、結構な数になりました」
そのひとつがエジプト・カイロの(街道の)タイルと呼ばれる五角形のモチーフを敷き詰めたブランケット。
「正五角形だと敷き詰めようとしても隙間ができていますが、角度を変えると延々と敷き詰められるんです。数学の世界では、そういう敷き詰められるピースを探している人たちがいて、2023年にアメリカの人が発見したのが、これなんです」
見せてくれたのは、不規則な形の同じピースが連なるブランケット。
「最初に編まれた方は、このピースをそのままつないでいたのですが、このピースは六角形を分割してこの形になっているから、ピースをつなぐだけだと、はぎが汚くなるのが残念だなって。だから先に六角形で構成して配色して編んでみたんです」
六角形で構成することに気づくなんてタダモノではない。けれど美帆さん、自分のことを作家とは言わず、「編みもなー(笑)」と呼びます。
「仕事にしていた時期もありますが、私は自分の好きなものはわかるけれど、世の中で何が流行るとか人の好きなものがわからない。だから、家族の介護で仕事から引いてからは好きなものを好きなだけ編んでいます。実験しているようなものだから、失敗作もたくさんありますよ」
純粋に編みたいものを編む。そのことの尊さ。大量の作品や毛糸が部屋の高低にコンパクトに収納され、低い棚が広々としたベンチになっているインテリアも、美帆さんらしく、ワクワクさせます。この日のセーターも、遊び心と実験精神が楽しい。
「ハニカムのペンダントを買ったので、合わせて蜂の巣柄のセーターを編みたくて。メモには『ハニカムでハニカム』って書いてあります(笑)」他にも見せてくれたのが、プレーンなセーターに毛糸店のロゴを編みつけてみたというセーター。
「ちょっと遊んでみました。編み物って遊べるし、糸が伸びるからごまかせる。そこも好きなんです(笑)」
編むって実はノールールかも。そんな風が心地いい美帆ワールドでした。
小倉美帆:おぐらみほ
東京都在住。著名な刺繍作家・小倉ゆき子さんを母に持つ。幼い頃から手芸に親しみ、編み物関連の仕事にも関わるが、現在は純粋に自分の編みたいものを編んでいる。猫8匹と生活をしている影響もあり自分用のケージ(アトリエ)を自作し、近年やっと理想の形になったとか。かなりの「ワニ」マニアでグッズ多数。編み物本はスタイルブックより技法書を好む。
X:@mogura3wool 、@Math_crochet(数学編物)