毛糸だま2020年秋号より
<本記事に記載されている情報は2020年8月当時のものです>
今年のアカデミー賞で外国語映画として初の作品賞に輝き、世界中で話題になった映画『パラサイト』。もうご覧になりましたか?
主人公は半地下住宅に暮らす4人家族のキム一家。誰も定職に就くことができず、毎日の生活はキビシイ…のですが、この映画、冒頭からミョーに面白い。お父さんの言うことがやけに効いていて、ふつふつとコメディの空気が漂っているのです。冒頭、屋外で散布している消毒薬が家の中に入ってきて、家中が真っ白になる場面なんて、ほとんどコントですが、その白いもやが薄くなってきた時に見えるお父さんの表情と行動…。笑えるものと笑えないもの。表裏一体になった喜劇と悲劇が劇中で絶えず混在し、私たちを何ともいえない気持ちにさせます。
それがエスカレートしていくのが、キム一家が裕福なパク一家に寄生=パラサイトしはじめた時。長男ギウがパク一家の長女ダヘの家庭教師を頼まれたことがきっかけなのですが、そこから先はヒネリの効きすぎた予想外の展開の連続。もはやコメディなのか、サスペンスなのか、はたまたシリアスなドラマなのか…誰にもわかりません。一体、何を観ているんだろう、そして、このままどこへ行ってしまうんだろう…作品中に散りばめられた小さな喜劇を笑っているうちに、私たち観客は、とんでもないところへ連れていかれているのです。
この作品で重要なこと。それは貧乏なキム一家をかわいそうに描いていないこと。そして、裕福なパク一家を悪者にしていないことではないでしょうか。キム一家に関して云えば、女性たちが強い。例えば、美大に行きたい長女ギジョン。後半、ある雨の夜に彼女がトイレで過ごしているシーンがあるのですが、そこでとった行動と仕草なんて、状況は散々なのに、どこかクール。かっこいい女性として描かれています。そして、お母さんは元ハンマー投げの選手。夫婦喧嘩でつかみ合いになった時も、子どもたちは咄嗟にお父さんの安否を気遣います(どれだけ強いんだ…)。
そんなお母さん、実は家の一郭でさり気なく編み物をしているのです。赤い毛糸で、慣れた手つきでかぎ針を動かしている。キム一家の暮らし向きを考えれば、節約のためなのかもしれませんが、どんどん編み進めるその様子は、この家族の「生きる」意志を感じさせもします。「襤褸を着ても心は錦」ではないけれど、映画の一郭に編み物が入ったことで、先の見えない状況にあっても「一家が生きることに後ろ向きになっていないこと」が伝わってくるような気がするのです。編むというのは「文化的生活」=「心」をなくさないということでもあるのかもしれません。
怒濤の展開の果てに一家が辿り着く、本人たちすら予想もしなかっただろう結末とは―。世界中で埋まることのない富裕層と貧困層のギャップをこんな風に映画にできるとは。もともと漫画家志望だったポン・ジュノ監督。絶妙な笑いで私たちを引き込みながら、最後にはとても笑えない場所へ連れていきます。いやはやスゴイ映画です。